二人のエース

 NHK BS1で放映された自転車ロードレース世界選手権を見た。結果はすでに知っていた。スーパースプリンターのアレサンドロ・ペタッキをエースに擁する優勝候補のイタリアだったのだが、高速耐久レースになりペタッキはついにスプリントに参加することなく、ベルギーのボーネンが最後に先行を差して勝利した。

 しかしTV中継を見ているとそんな単純な展開ではなかった。最後の数周は常に先頭に飛び出すべくアタックがかかり、それをつぶすための追撃が追う。それも各国のエースクラスが自ら先頭に立つのだから緊張感が違う。終盤はイタリアのパオロ・ベッティーニが先頭に立ちライバル国のエースを牽制する。ベッティーニペタッキに並ぶエースだが今回はチーム方針により第二エースの座に収まりあくまでペタッキのためにライバルチームの動きを封ずることを期待されていた。

 ベッティーニはしかしもっと積極的に先頭を引き、その動きは後続を切り離すようにも見えた。TVの解説者はその事情を知っているのか盛んに興奮する。ベッティーニが飛ばしすぎると後続のペタッキはついてこれずスプリント勝負にはならない。結局ベッティーニは最後に飛び出したカザフスタンヴィノクロフを追っているうちに最後の500mで後続に飲み込まれベルギーチームに勝利を許した。

 ベッティーニがいつペタッキの不調を知ったのか?、彼はあくまでチームのために走ったのか?、それともペタッキを置き去りにしようとしたのか?はっきりしているのはベッティーニはこのとき今期最高のコンディションにいたことだ。調子がよすぎて身体が勝手に前に出てしまっただけかもしれないが真相はわからない。彼のダイアリーに悔しい思いが綴られている。

 世界選手権は国別のオールスターチームが年に一度だけ組まれる。普段は一緒に走っているチームメイトは他国の選手だ。自国のチームの方針、他国メンバーである友人との関係、そしてナンバーワンを目指す自分のエゴの葛藤を制したチーム(のエース)が優勝を勝ち取れるのだろう。高速レースの大集団の中で義務と忠誠、信頼と裏切りが渦巻いて、紙一重で勝負が決まる。人間関係のもつれを推し量りながら見るレースはなおさら興味深い。

追記:世界チャンピオンのチャンスを逃したベッティーニだがその後行われた二つのビッグレース(チューリッヒ選手権, ジロ・デ・ロンバルディア)を制して現在最強のクラシックレーサーであることをアピールした。