核弾頭よりも怖いもの

 北朝鮮による核実験の実行が宣言されて大きな衝撃が走った。本当に実行されたのか、脅しに過ぎないのかは今後の検証に任されているが北朝鮮問題が新たなステージに入った事は間違いない。金正日体制を温存しようとする中国・韓国の政策に批判が厳しい。中国が協力すれば経済政策で金正日体制を崩壊に追い込むことはたやすいことだろう。しかし仮にそうなった場合の現実をどこまで考慮しているのか?メディアの論調にはそこまでの想像力は見られない。

 金正日体制が崩壊すれば2200万人程度の北朝鮮人民の多くが難民となる。これらの人々は国境を越えて中国に向かうか、おそらくはより多くの人々が38度線を越えて同胞のいる韓国に流れ込む。その難民をどう処理するのか?経済的打撃は計り知れず、問題解決のシナリオはまだない。北朝鮮政府に代わって国内を統治する枠組が必要になる。どの国がその実務を行うのか?米国を背景にした韓国か、中国か、どちらかが引くことは考えられない。ロシアも黙ってはいまい。いやが上にも国際的な力の駆け引きが繰り広げられる。場合によっては武力の衝突までもあり得る。朝鮮戦争を思い出すが良い。

 韓国を訪問したときに感じたのは韓国の人が本当に恐れているのは北朝鮮ではなく中国だということだ。中国にとって朝鮮半島は中国大陸の一部であるとの認識しかないのではないか。北朝鮮という緩衝地帯を得て安定してきた朝鮮半島のパワーバランスが崩れる事を一番恐れているのは国境を接する羽目になる中国と韓国であり、米国であり、それから日本とロシアだ。その様なケースでいずれもが納得できる妥協点を見つけることは不可能に近い。よって北朝鮮の体制を維持する事で直接の対峙を避けることは中国と韓国の共通の利益にかなう。

 最も理想的な解は北朝鮮政府がより穏健で協力的な勢力に移行して現在の国境線を維持しながらゆるやかに経済を向上させる事で将来にわたって中国と韓・米との緩衝地帯としての役割を果たし続けることだろう。ちょっと昔ならば外国の諜報機関によって演出される政府転覆と新政府樹立は有効な選択肢だっただろう。しかし金正日による強行体制と国際的な監視体制はそれを許さない。残念ながら穏便な方法による北朝鮮の政権移行の可能性はますます乏しくなってきた。

 このような分かり切った情勢分析が国会でもメディアでも議論されないのはなぜか?世論に対して北朝鮮制裁論をあおって政府の手を縛り、北朝鮮政府を崩壊に追い込むことが本当に朝鮮半島の安定と日本の国益にかなうのか?当然ながら政府内部では検討がなされているだろうが公式な論評はない(公表すべきではない)。大量の難民流出と中韓衝突、そのリスクの検討をないがしろにして金正日体制解体をむやみに叫ぶべきではない。