なぜセミナーに参加するのか
セミナーに聴衆として出席することの目的はもちろん優れた話を聞くためだ。しかしセミナーはそれだけではなく演者との双方向の交流の場でもある。演者にとって聴衆は単なる受け手ではなく演者の発表を批判し議論する対等な相手と見なされている。その相互作用の感覚を磨くためには演者に対してどのようなコメントを出したらいいのか、を意識しながら話を聞くことが良い。手を挙げて的確な質問を発することで不特定多数の聴衆から対等に議論を交わす参加者になれるのだ。
最も大事な事は、講演中に様々にわき上がる疑問や感想を質問という形で言語化する試みを通じて講演で提示されたアイデアを明確化し、深く身につける事ができると思うからだ。
セミナーで発言するのは年寄りばかりで若い者は黙っている、というぼやきはいつでもどこでも聞かれるものだ(たとえば:質問のしかた : 生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ)。どんなベテランでもかつては一言発するたびに心拍数があがり、背中に冷や汗をかいた経験があったに違いない。聞きたいことをうまく言葉にできず話が通じない事もあっただろう。
研究成果の報告を正確に知るためだけならば論文を読めば良い。口頭発表を聞くことはその人の科学者としての考え方と人格に接し、優れた研究成果を生み出した背景を知ることと、研究にまつわる発言の端々から新たなヒントを得ることだ。忙しい時間をさいて聞きに行く価値があるかの判断も大事なのだが、じつは聴きに行った以上は元を取らないと使った時間がもったいない。なので演者の話を聞くだけではなく、自分の役に立つ情報を提供してもらうための問いを発する事にしている。もちろん貴重な話をしてくださった演者に対する敬意を表すことはもちろんだ。
私が気がついたポイントをまとめておく。
セミナーに行く前に
- 講演の掲示を見て行くかどうかを決める。時間が許す限りできるだけ参加するようにしているが選ばなくてはいけない場合もある。ある分野で名を成した人や、最近話題の話などは分野外であっても要チェックだ。
- 事前にその人の論文に眼を通しておくことも多い。
- 演者のキャリア(若手か、ベテランか)なども把握しておく。
セミナーを聴く際に
- セミナーホストによって演者の履歴が紹介される。どの国の出身で、どのような教育を受けてきたのか、特に大学院、ポスドクの指導者は誰かは大事な情報だ。
- 話を聞きながら演者の話す分野の問題点を自分なりに理解しようと心がける。
- イントロでその分野のまとめと未解決な問題の提示が成される事が多い。それを自分立場での問題意識と結びつけるように心がける
- ノートを持ってメモ書きする。私は正確なノートを書く技術が乏しいのでキーワードだけを書き殴るか印象に残る概念図をデフォルメして書き付ける。多色のボールペンと鉛筆を用意してできるだけビジュアルに表現することを心がける(汚くて人に見せられたものではないが)。メモは記録ではなくあくまで耳で入ってくる情報を整理して自分にフィットする概念に昇華させる作業だ。手先を動かすことがその助けになる。
- 講演でアイデアが刺激されているうちに自分だけの思索に浸ってしまうこともある。
- 不覚にも眠ってしまうこともある。それには集中力を切らす原因がセミナーにあったと言うことだ(自分にもですが・・・*1)。しかし目覚めてからは集中力が高まる事もあるから不思議。
聞きたいことや疑問が生ずるポイント
- インパクトのあるデータが示された時。どうやってこんな凄い結果が出せたのだろう。演者の解釈はこの結果が意味することを尽くしているだろうか?
- 実験を進める際に複数の選択肢から一つを選んだ時。なぜそれを選んだのか、論理的な理由があったのか、直感が勝ったのか?
- 研究を成功に導いたポイントは何か?そこに研究者のこだわりがあらわれる。
- 説明不足でデータから結論までが飛躍している時。
- 検討して排除しておくべき別の可能性に言及しない時(おそらく論理展開に素直についていけないものを感じた時だと思う)。
質疑応答に移ってから
- しばらく人の質疑を聞いていると問題点が見えてくる事がある。なのでまず口火を切ることが大事。
- 口火を切るのはちょっと怖いものだ。まずは簡単に結果や実験条件の確認からはじめるとその場の雰囲気が落ち着く。
- はずした質問をして馬鹿にされたらどうしよう、なんて心配がある時はあらかじめナイーブな質問ですがと断ってから聞けば良い。
- 事実の確認から始まって演者の見識を引き出すところまで深まって行けば素晴らしい。
- 演者が"Excellent question."と言う時はたいてい「これは良い質問ですが私には答えられません」という意味のことが多い。
- 演者の立場からは講演への反応をとても気にしている。多様な反応が返ってくればそれだけうれしいものだ。丁寧な質問の中に実は厳しい批判が込められている事もある。講演のあとで聞かれた事を反芻し、寄せられたコメントを元にアイデアを様々に修正していくものだ。
自分のための問い
良い聴衆であることは良い科学者であることの条件だ。セミナーで演者にたいして質問を発することは、講演で示された題材を刺激材料にして自分に対して問いを発する練習の一環だ。結局のところ科学で最も大事なのは問題を解決することではなく問題を発見することだからなのだ。