天国と地獄

天国と地獄<普及版> [DVD]

天国と地獄<普及版> [DVD]

 BS劇場で放映された黒沢明監督作品(1963)。丘の上の豪邸に住む会社重役の子供を狙った誘拐事件が題材。前半は脅迫電話のやり取りが続く静的な心理ドラマなのだが、中盤での特急列車を使った現金の引き渡しから動きが激しくなる。終盤部分で警察が犯人を追いつめるくだりは緊張あふれるサスペンスドラマ。そして最後には犯人の青年が会社重役*1と対峙するシーンで再び心理ドラマに戻って救いのない結末で終わる。舞台は昭和30年代の古い風景だが、観客のテンションを自在にコントロールして45年経った今でも色あせない見事なミステリーに仕立てている。

 私がおぼろげに記憶している昭和の風景が描かれている。最新の特急列車こだま、立派な自家用車、都会の雑踏。そして私が知る由もなかったダンスホールの狂騒ぶり、麻薬窟とそこにたむろする中毒患者。日本語に加えて英語、中国語、ハングルなどの看板が乱立して魔都の様相を示す東京の風景も猥雑だ。

 役者陣は見事。特に刑事役の仲代達矢。そして犯人の青年は終盤までその素顔を表さない。彼が台詞を吐くのは最後に出てくる刑務所の面会室で死刑囚として重役の三船敏郎に向かって一方的な恨み言を述べる場面のみ。しかしそれだけで迫力満点。若き日の山崎努であった。

*1:破産して落ちぶれている