Free Solo

1970年9月。小学5年生だった私の家族は父の運転するDodge Dartヨセミテ国立公園に入った。メドウに人だかりが出来ている。望遠鏡を構えたおじさんに尋ねると「あそこに人がいる」と岩壁を指さす。望遠鏡を覗かせてもらってもどこに人がいるのかはわからなかった。その夜泊まったモーテルで見つけた新聞のには「岩壁の登頂に成功」との記事が一面にでかでかと掲載されていた。これがWallen HardingらによるEl CapitanのDawn Wall開拓だったことを知ったのは大学生になってからだった。

 1990年6月。ポスドクを終えた私はて帰国前にヨセミテで大学の山仲間と落ち合ってEl Capitanを目指した。荷揚げに手こずって深夜まで夜間登攀するなど要領が悪かったもののなんとか無事にNose routeから頂上を踏んだ。エルキャプははでっかいという実感で何日もかけて登った僕らにしたらワンデイやフリーで登るなど想像もつかない。

そのような大岩壁でもフリーソロで登るものがいつか必ず現れると思っていたが2017年6月に成功させたのはやはりこの人 アレックス・オノルドだった。ハーフドームのフリーソロを成功させていた彼がエルキャプを目指すのはある意味当然だったかもしれない。しかしこの登攀には更に二重の負荷がかかっていた。一つは大規模な映画撮影クルーが待機し全過程を撮影したこと。クルーはアレックスの気が向かない場合にはいつでもやめて良い、そしてロープを貸して下降を補助する事を保証していた。とは言っても気が進まなくなって中止することのハードルは高い。もう一つはガールフレンドが付き添っていたこと。アレックスが登攀の決行を彼女に言い出しかねているシーンがあった。アレックスは彼女の理解を得ることに苦慮しており、登攀に際しての決定を100%自分で決められた訳ではなかった事になる。

 案の定2016年秋のトライは付き添っていた彼女に見送られて出発したものの下部のスラブ帯で「フットホールドに確信がもてない」との理由で続行を断念した。雑念を払う事ができなかったのではないか。この頃、アレックスの相談に乗っていたフリーソロの先駆者ピーター・クロフトは撮影クルーの同行には難色を示していた。ピーターが有名になったフリールートのテストピース「アストロマン」のフリーソロはガールフレンドと喧嘩をした日だった。彼女を自分から切り離していないと集中力を保つのはむずかしいのではないだろうか。

 撮影クルーにとっても1度限りの登攀を撮影することは大きなストレスだっただろう。登攀の記録がそのまま墜落死の記録となる事も大いにあり得た訳だ。撮影者のジミー・チンはそのような結果であっても撮り切るつもりだったと述べている。

 そして決行の日。私も岩場の気分は多少はわかるので自分も一緒に登る気分で腹式呼吸に切り替えて手足に力を込めて画面を見た。アレックスの姿はゾーンに入りきって迷いがなく実にスムースな登りだった。失敗しなくて本当に良かったと思う。

 映像についてだがソロのシーンはBGMも切った方が良かったと思う。この映画の予告編(YouTubeで見る事ができる)ではenduro cornerを登るシーンが一瞬映るのだが岩場にこだまする自然音が背景音の中の静寂感が映像に一番マッチしていた。また時々入る荒い呼吸音。あれはリアルなのか?クライミングで本当に緊張する場面では腹腔に力が入るので呼吸は静かになると思う。ハーハーゼーゼーするのは簡単でスピードを稼ぐところやパワーを使う長いクラックのようなところに限られるのではないかな。

 また、アレックスの彼女、クライミングの経験が浅くロープ操作を誤って怪我をさせてしまったり、無理もない事だがソロに向かう彼の前で取り乱したりして、アレックスのような普通でない男とつきあうのには無理があるように思った。余計なお世話ですが。

 関連した映画のDawn Wallと比べても緊張感、映像の構成などで本作には圧倒的な強さがある。アカデミー賞委員会にも認められた事は喜ばしい。冒頭のクライミングシーンも美しい(Phenix5.13?)。

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