杉野保さんのこと

3月5日の午後、クライマーで、インストラクターの杉野保さんが城ヶ崎海岸の岩場で転落死したと言うニュースを知った。55才だった。彼とは友人というわけではないが1990年代に静岡県に在住していた私が各所の岩場で度々行き交うことがあった。もちろん彼のクライミングの成果は有名だった。最初に彼の名前が知られたのは城ヶ崎シーサイドエリアのコロッサス5.13aだろう。懸垂下降でエリアに下ると最初に見えるルートでカム、ナッツの難しい箇所からボルトに守られた難しい一手。あのエリアでも取り付く人がほとんど見られない課題だった。彼を知る人の間で一致した評価は「強い」という事だ。今風のボルダーで強いという事ではなく、いったん取り付いたルートは安定して落ちずに登り、13台のルートをオンサイト、もしくは最小限のトライのきれいなスタイルで登る。経験を重ねるにつれ彼の動きはますます洗練され、その所作は美しいドローン撮影で見る事ができる。

www.youtube.com安定感抜群であった彼でさえ不慮の事故で墜落した。クライミングの危険は相手を選ばず襲ってくるということだろう。

 彼が引率するスクールには元スクール生の奥さんがいつも同行していた。コンペ初期のチャンピオンであった彼女の日記では杉野氏はいつも「先生」と呼ばれていた。そこには師であり、夫であり、一人のクライマーである杉野さんの姿が素直に書かれていて読み返すともの悲しくなるのである。

杉野千晶のたまにっき