「真実のデータ」

FB 2016年7月5日 に書いたものを記録しておく。

「真実のデータ」第一線の細胞生物学者で国際誌EMBO Jの編集主幹まで務めたPernille Rørth博士が故国デンマークに戻ったのちに研究の一線から退いたと聞いてびっくりしたが、科学研究に関わる小説を書いていたと聞いて二度びっくり。本書は生命科学の一流研究室で起きた研究不正を題材に当事者のポスドク、告発者、研究室主催者それぞれの立場で代わる代わる語っていく。ほとんどのところは皆が誠実で、極力正しく振舞おうとするが様々な重圧で生じたほころびが公式な不正調査につながり一流誌の論文撤回と、ほとんど手にしていた独立職の喪失につながる。本書の魅力は1)リアルさを極めた科学研究現場の記述、2)研究者として多感で不安の多いポスドクの心情をデリケートに描いたこと、3)問題に接したPIの不安と迷う心理、4)研究不正に対する組織の対応、そして5)論文撤回に便乗して研究室を攻撃にかかるネットジャーナリストの行動、などが挙げられる。さらに不正が疑われた研究の真実を明らかにするために教授はポスドクを総動員して「検証実験」を行わせる。実験を重ねれば重ねるほどに結論は二転三転し、真実を明らかにする道筋の長さを語っている。さらには「実験は間違っていても、考え方と結論が正しければ良いのではないか?」といったきわどい問いまで飛び出してくる。何がヒントになったかはわからないが著者の豊富な経験が随所に現れている。
 最後の章で告発者の女性研究者が成功し、ボストンの出身研究室を訪問するくだりがある。平常に戻って忙しい元ボスや同僚と旧交を暖めるところは自分の留学時代の研究室を思い出した。一番苦しく、エキサイティングな時代を共にした仲間とは今でも心を許せる友人だ。多少の軋轢があろうともそのような研究室をまとめていたボスには感謝する。
 文書は平易で読みやすくRørth博士のシャープで簡潔な論文を彷彿とさせる。一般読者には実験の記述が読みづらいかもしれないが、エンターテイメントとしても、研究不正教育の教材としても非常に面白く読める科学小説だ。

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