マイルス

マイルス・デイビス自叙伝〈1〉 (宝島社文庫)

  • 「マイルス、窓の外の鳥の鳴き声が聞こえるか?自分の鳴き声がないモッキンバードさ。他の鳥の鳴き声は何でも真似るが、自分の鳴き声がないんだ。あんな風になるなよ。自分だけのサウンドを身につけることが一番大事なんだぞ。自分自身に正直にな。やるべきことはわかっているんだろうし、おまえを信じるよ。金は独り立ちするまで送ってやる、心配するな。」

 マイルス・デービスは18才の時、故郷のニューオリンズを後にしてニューヨークに上京。ジュリアード音楽院に入学した。しかし彼の本当の目的は当時すでにジャズの改革者と見なされていたチャーリー・パーカーディジー・ガレスピーと一緒になって彼らの音楽を吸収することだった。ニューヨーク中を探し回ってパーカーと出会い、やがて彼と演奏も私生活も共にすることになる。パーカーの音楽に直に触れていると学校での授業は退屈きわまりないものと感じられ、マイルスは音楽院の退学を決意する。仕送りを送ってくれていた裕福な歯科医だった父にその事情を説明に行ったマイルスに父が与えた言葉がこの冒頭のせりふである。こういった寛容な理解者があってこそ現代の我々はマイルスの音楽を聴くことができるのである。

 マイルスの自叙伝を文庫で購入。通勤の合間に眼を通している。現在第一巻の前半。しかし上記のような美談ばかりではない。大半はマイルスの育った黒人社会のゆがんだ環境、白人たちとの抗争の記述に終始する。ニューヨークに移った後は天才アルトサックスプレーヤーであり、なおかつ薬物中毒で自堕落な生活を送っていたチャーリー・パーカーとのやりとりが続く。パーカーがいかに自分勝手でなひどい人間で、周囲に迷惑をかけまくっていたかが延々と語られる。しかしマイルスを含めてみんなパーカーを許すのである。ひとえにサックスを手にしたときに限っては聞く人を天国に導くサウンドを奏でることができるからである。こんな人間が身近にいたら多くの人にとってはいくら天才だとは言え許し難い嫌悪感を抱くと思う。モーツァルトを見るサリエリの心境だろうか。しかし21世紀になった今も悪魔に魂を売った男が奏でる至福の音楽に人々は酔うのである。


 お話はまだ19才で真面目なマイルス君だがこれから彼も危ない道に入って行くのだろう。話は続く


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