ピケティを読む(聴く)

Amazonに投稿したカスタマーレビュー

Audible版『自然、文化、そして不平等 ―― 国際比較と歴史の視点から 』 | トマ・ピケティ, 村井章子・訳 | Audible.co.jp

 

フランス文化人の考えを知る

初めて読むピケティの著作。聴いていて「平等」への過度な強調がとても気になった。民主主義で平等を謳う欧米諸国の欺瞞を数値とともに指摘する態度は良いと思う。しかし「平等」を絶対的な善と捉えて地球温暖化問題の解決も社会的平等が鍵だと主張するのは言い過ぎだと思う。なぜ彼がここまで平等と強調し、聴衆がそれを支持するのかが謎だ。
 答えはおそらくフランスという国にある。フランスは国王の支配下を革命で乗り越えて民衆の平等を達成したという成功体験(幻想)を国是として持つ。だからこそ社会主義的政策をとってまでも平等の達成を目指す政治的姿勢が根強く支持されていて、著者ピケティはそのような人々を読者として評価を高めてきたのだろう。またフランスは他の欧州諸国とともにアジア アフリカに持った植民地からの収奪で潤った歴史を持つ。しかも文化と教育をそれほど残さなかったためか、内戦に苦しみ今でも政治的不安定を抱える旧植民地は多い。本書では「自由と平等」が繰り返される。確かに歴史に学べば自由を抑圧する政治体制下で不平等が拡大し、自由を求める民衆による蜂起によって今の政治体制が生まれたのは事実だ。しかしその対偶として自由を保障すれば平等が達成されるという言説も誤りである。自由を保障することで経済や科学が発展することは事実だろうが、その成果が独占されれば不平等と危険な専制が力を持つことになる。貧しい民衆の不満が高まれば社会不安が生じ、革命や戦争で破壊的な道筋を辿る。その危険性を理解して自由をコントロールして富を再配分するところに現代の政治の役割があるのだが、具体的にどのようなコントロールがあるべきかをピケティは語っていない。最後の段にあるCO2排出の不平等(大半を富める先進国が占めている)の平等化を力説しているが、これを達成すればCO2排出が削減できるのか、という肝心な点についての説明はない。
 本書は「自由と平等」を盲目的に信仰する人たちに捧げられており、フランスにはそのような聴衆が多いのだろう。

Perfect Days


ヴィム・ヴェンダースが東京を撮った映画ということで話題の作品を観にシネリーブル神戸へ。1日一回上映ということでほぼ満員。役所広司演じる初老男性。早朝に目覚め、盆栽の世話。缶コーヒーを飲んで東京都のトイレ掃除の仕事に出かける。仕事ぶりは極めて丁寧。仕事が終わると銭湯に入り、駅そばの居酒屋で晩酌。寝床で本を読み就寝。休日はコインランドリーで洗濯をして夜は行きつけの小料理屋で晩酌。趣味はカセットテープで聞く80年代ロックと古本屋で買う百円均一の文庫本。それからフィルムカメラで撮影する木漏れ日の映像。規則正しくテンポを刻む日常だが時折起こるエピソードによる変調に彼は心揺すぶられる。しかし感情に支配されて負けることなく、あくまで冷静に寡黙な自分に戻る。この気分はとても共感できるが、彼のような質素な暮らしを続けられるかどうかは自信がない。

 

ヴィム・ヴェンダースといえばアメリカ大陸の旅を主題にしたパリ・テキサス1984)。訳ありの男性が放浪するロードムービーで、自分にとっても印象深い作品だったが、主人公の抱える心の傷が大きすぎて気楽に見れる映画ではなかった。40年後に撮影した本作もやはり訳ありの孤独な一人暮らし男性が主人公。しかし79才になった監督の人物描写には人間への共感が溢れていて安心してみていられる。東京中のトイレを自家用バンでカセットの音楽を鳴らしながら巡る。外国人にとってはウォッシュレットまでついて、デザインも奇抜な東京の公衆トイレ巡りは遊園地の感覚で、首都高速の風景はロードムービーそのものなのだろう。石川さゆりや田中民が出演するなど日本人にとっても見どころあり。東京スカイツリーが見える下町の映像に郷愁を感じる人も多いだろう。

映画

最近見た作品でよかったもの。

  1. 捜部Q 檻の中の女 北欧刑事物の典型で設定は暗く、陰惨。しかしメインキャラクターがうまく作られていて引き込まれる。シリーズ化されているが引き続き見たい。
  2. 女神の見えざる手 大型案件で辣腕を振るう女性ロビイストが儲けにならない銃規制法案に取り組み、大物議員と大手事務所と戦う。原題のMiss Sloaneの方がよい。
  3. ラストフルメジャー ベトナム戦争で戦死した英雄に最高位の勲章を授与させるために活動する戦友たち。それを支える戦争を知らない若い官僚。美しく、感動的なストーリーだがしかしそれはベトナム戦争の一面に過ぎない。
  4. 晩春 若い娘と二人暮らしの老教授。父を残して嫁ぐことを拒む娘を納得させるために父は悲しい嘘をつく。
  5. Coda ろうの一家に生まれた健聴者の娘は素晴らしい歌声の持ち主だった。主演の子の歌声がすばらしい。

千夜一夜

 

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失踪した男を待ち侘びる二人の女。30年前の新婚時代に夫が突然いなくなった登美子は、再婚を求める幼馴染とそれを勧める周囲の期待を拒絶し、漁港の加工場で働きながら夫を待ち続ける。看護師の奈美の夫は、理科教師を務めていたが、春休みに入ると同時に姿を消した。2年前のことだった。この二人が待つことへの接し方が映画のテーマ。奈美は登美子を訪ねて夫探しの手伝いを依頼する。引き受ける登美子は頼もしい。しかし自宅の登美子は夫が残したカセットテープで若い頃の夫婦の会話を繰り返し聴き続ける。登美子の時間は彼女が若く、美しく幸福だった頃から止まっている。自分の母と、夫の母が次々と亡くなることが年月と老いを象徴する。登美子が待つ行為は自分の老いを拒絶し、美しかった過去に止まる行為だ。一方で奈美は夫と離婚して新しい家族を作ることを選ぶ。過去は精算し、未来に向かうことが奈美の選択だ。二人の女の選択は対照的だが、その違いは待つ時間で決められたのだろう。長く待ちすぎた登美子はやり直す機会を逸し、過去に止まることで自分を納得させるのだと思った。

 舞台は佐渡島北朝鮮からの不審船が現れ、拉致が頻発する。その緊張感を背景に置いてと不安感を催させる。観るものに多様な解釈をさせる余地を残した作品。くたびれた老女を演じる田中裕子は終盤に近づくにつれて活力を見せるようになる。さすがの演技力。

 

Science Will Win

動物種間の競争に勝利して地球を制圧した人類にとって、最大の脅威は感染症だった。都市が発達するとその環境に乗じて様々な病原体が進化した。人口の増加とともに感染の規模は拡大し、国境を跨ぐパンデミックが繰り返された。ワクチンは生体に備わった免疫機能を刺激することで特定の病原体への抵抗力を増強させ、感染症を抑制する。天然痘免疫を実用化したエドワード・ジェンナー、狂犬病ワクチンのルイ・パスツール、ポリオワクチンのヨーナス・ソークらは科学史における英雄だ。2021年、Covid19に対するmRNAワクチンの開発と普及では新たなヒーローが生まれた。
 2019年末から始まったCovid19の蔓延を受けて大手の製薬企業はワクチン製造に邁進した。その中でファイザーはドイツのベンチャー企業Biontechが開発した新規技術のmRNAワクチンをCovid19に対して緊急開発し、ウイルス発見より一年も経たないうちにワクチンを市場に供給し、一部の国では既にウイルスを制圧しつつある。このYoutube動画はナショナルジオグラフィックが作成したワクチンが市場に出るまでの舞台裏を描いたドキュメンタリーだ。ファイザーがスポンサーしているので宣伝ビデオともいえるがその点を割り引いても一見の価値がある。
 光速のスピードで開発に成功した第一の決め手はもちろんBiontechのmRNAワクチン技術だ。病原体のゲノム配列がわかればワクチンをデザインできるため従来の病原体を増殖させて、不活化してワクチン化する従来の手法に比べて圧倒的に早く、安全である。それに加えて巨大企業のファイザー首脳陣によって常識外のスピードアップが図られた。従来は小規模の開発を進めて見込みが出たら安全性を確保しながら生産、認可に向けて進む戦力の逐次投入策だったところを、まず生産拠点を建設、複数のワクチン候補を並行して作成し安全性、有効性から一種に絞る。早くも夏前には4万人規模のphase 3治験を開始。世界規模のCovid19蔓延地域をカバーする4万人以上の治験が7月から始まった。白人層ではボランティアを求めることは容易だったらしいが、人種別のデータをとるには欠かせない有色人種(黒人、ラテン系)での治験が難しかったらしい。現代医療の恩恵に俗することが少ない貧困層では先端医療への信頼は乏しかったのだ。しかし日本で1万人を超える治験が考えられなかったことからすると新薬に対する要求が高い我が国でも治験に対する理解が高いとは言えない。これには報道の責任が大きいと思うが。
 ワクチン作成は科学大国アメリカの国策だった。ファイザーCEOでAlbert Bourlaがアメリカ(と世界)を背負っているという意識は彼が繰り返して述べている”Failure is not an potions”*1という台詞からも明らかだ。トランプ大統領は政府主導でワープスピードの開発を促進するとぶち上げたがAlbert Bourlaは政府の介入を嫌って国費の投入を断り、自己資金で開発を進めた。
 このビデオのハイライトは治験の結果を集計してワクチンの効果を確認するところだ。判断の中立性を保つために社の経営陣は分析に関わらず一室に集まって結果の報告を待つ。社運と人類の将来をかけた結果を待つのは気が気ではないだろう。そこにカメラが入って撮影する。”You know…….…… We made it!”, “More than 90% efficacy. Oh my god!”ハッピーエンドに終わったからこそ公開される映像だ*2。この結果を受けて直ちにFDAに対して緊急の認可を申請、12月中旬に正式許可が出るとすぐさま出荷がはじまった。ということは治験の結果が出るまえからすでに生産拠点を整備し、数千万人分のワクチンの製造を開始し、冷凍品のワクチンの輸送態勢を整備していた事になる。通常は数年かかるワクチン製造を1年以内に終えるために開発、生産、治験の体制を同時並行で進めたところに成功の第二の決め手があった。Science will winをキャッチフレーズとする企業が成功したことは素直に喜ばしい。ワクチンのデータを狙ったサイバー攻撃を避けるためデータ管理は厳格を極め、FDAへの提出はオンラインでなくワードディスク持参で行なわれた。
 感動的な話だが、これはあくまでファイザーの側の物語だ。Biontechの側の登場人物は限られ、mRNAワクチンの基礎研究に費やされた20年以上の苦労には言及が無い。これからさらに大きな物語が綴られ、書物や映画の形で見られる事になるだろう。楽しみな事だ。

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*1:アポロ計画のスタッフでアポロ13号の生還を指揮したジーンクランツの台詞で有名になった

*2:アルツハイマー征服」にも似たシーンが出てくる

A Promised Land

オバマ元大統領による回顧録。自身の著書を本人が朗読する。発声は明晰で力強い。彼の若い頃の回顧から、上院議員になり、一期で大統領選に出馬し、そのまま当選しホワイトハウス入り。その彼の大統領第一期目の記録。大統領当選直後のリーマンショックオバマケアなどの裏話を大統領本人の言葉で聞けるのはとてもよい。しかし当然のことながらあらゆることはオバマの一人称で語られており、様々な政策決定においてどのような選択肢があり、政策スタッフや多くのアドバイザーの意見の対立し体験がどのように検討されて決定に至ったのかは充分には説明されていない。もっと政権の中での議論の仕方を書いてほしかった。この点はトランプ政権の補佐官だったJohn Boltonが政権スタッフへの皮肉も交えて書いたThe Room Where It Happenedに軍配が上がる。海外首脳へのメンションでは英国のカメロン首相、ドイツのメルケルなどが頻繁にメンションされる。残念ながら日本の首相は「日本の首相は短期で交代を繰り返す。今の首相はちょっとおかしな人物だ」と言った短文で済まされている(「トラスト・ミー」の鳩山首相の事である)。むしろ平成天皇に会ったときの印象の方に天皇個人と彼が背負う歴史の重みへの敬意が表れていた。本書のハイライトは2011年のビンラディン暗殺だ。オバマにとっても困難だった第一期での顕著な成果と自負しているのだろう。従軍の経験なしに、米軍の最高指揮官を務める批判へ答えたいとの意味もあるだろう。再選を目指す動きの中にトランプが登場して次作へのプロローグとしている。

★★★☆☆

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