一枚の写真

幼児3人飲酒事故死、両親の供述調書を採用…福岡地裁 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 この公判の内容をNHKニュースで見た。アナウンサーの背景には母親に抱かれた三人の子供の写真、それがかわいいんだよ。父親が撮ったのだろう。親子の愛情に満ちあふれていて、この家族のもとで子供たちは健やかに育って行くことを確信させてくれる一枚だった。その一家が夜の海に突き落とされ、海中の車に母親が何度も潜って子供を引き上げたものの助からず。

 その母親が意見陳述で被告に最高刑が下されない場合には「私が殺人者になります」、と述べたという。活字版では報道されていたが、さすがにTVのニュースではこのくだりはカットされていた(妥当な判断だと思う)。

 三人の子供を目前で失った母親の発言としてはとしては当然で、彼女は想像を絶する喪失感を怒りのエネルギーで埋め合わせる以外に今は生きるすべがないのだろう。

 子供心には自分が幼い頃の母親はいつも怒ってばかりいた記憶がある。もちろんそれは子供に対する愛情と責任の現れなのだが、怒るというとてもエネルギーを要する行為に日常的に浸れる力が母になることで備わって来るのだな。その怒りが頂点に達したら誰も止める事はできない。

 もちろんこの母親に罪を犯させてはならず、怒りの力を別のものに昇華させなくてはならない。何が可能なのか、私には想像もつかないが。

 加害者の青年は飲酒で羽目を外した許し難い行為だが、無邪気な「過失」以上のものではなかっただろう。彼は最高刑期を務めて飲酒運転の厳罰化のために磔になるしか罪をあがなう方法はないだろう。自分は車を手放して本当にすっきりしましたよ。

 あの親子の写真はこれから飲酒運転の危険さを訴えるシンボルになる予感がする。