M.C.エッシャー

無限を求めて―エッシャー、自作を語る (朝日選書)

 私は最近の仕事の流れで、平面を単純な法則で効率よく埋め尽くす方法に興味を持っている。それがうまく行ったとき、幾何学的な美しさを人は感じるのだ。そんな世界を平面上に印刷される版画で達成していた空間の魔術師M.C.エッシャー本人による作品の成り立ちと彼自身の思考の解説が本書だ。
 この本はエッシャー自身による様々な文章、著作から構成される。このようなエッセイ集は概ね雑多な文章の寄せ集めでまとまり無く終わることが多いのだが本書に限っては違う。それぞれの文章にエッシャーの版画とデザインに対する深い洞察が書き込まれている。最初のエッセイは往復書簡の形で作家としてのエッシャーの自己評価が書かれている。彼自身は自分の事を芸術家では無く版画家だと述べている。あくまで「職人」として二次元の平面像を立体として認識させ、その過程で人の感覚を混乱させるトリックに血道を上げていたとする。エッシャーが行った繰り返しパターンで平面を分割する手法はアルハンブラ宮殿や日本由来の紋様にも頻繁に現れる。しかしそのパターンの要素に動物、人などのデザインを取り込んだ作家はおらず孤独の中でパターンの迷宮をさまよっていたと独白する。

 中盤はかれが招かれて米国で行う予定で用意した講演会用の原稿がスライドの図版(ほとんどが彼の作品)と共に掲載される。几帳面なエッシャーは三パターンの講演を用意してそれら全てに詳細な原稿を執筆していた。原文のままを和訳したというその文章は極めて緻密で簡潔かつ論理性に溢れたものである。見る人の視覚を自在に操るアイデア溢れた作品を創造するだけでも素晴らしいのだが、その上で更に自己の作品の本質を明快に言語化できるところに高い知性を感じさせる人だ。

 終盤は彼の自作に対する解説書からとられている。エッシャーのファンだけではなく、創造するためのヒントを求める人全てにすすめられる作品だ。