英国王給仕人に乾杯!

 チェコは東西ヨーロッパの中央に位置して大国の仕打ちに翻弄されてきた.20世紀中盤にはドイツに占領され、ドイツ敗戦後は共産主義に支配されて東西冷戦の前線に位置していた.この作品はレストラン給仕人ヤンの生涯を通して大国の仕業をしたたかにしのいできたチェコ民衆の姿を通して描いたチェコ現代史だ.特にドイツ占領下のチェコの姿がとてもうまく描かれている.チェコと言えばプラハを始めとする美しい町並みだが本作品ではそのような舞台装置に頼らずチェコ民衆の生活を生き生きと描く事だけで勝負しており、観客を引きつける事に成功している.監督が風景の代わりにチェコのアイコンとして採用したのがビアグラス.ヤンは生涯を通じてビアグラスを通して世間を見て、人と交わり、世渡りを学んできた.そう、チェコ人は世界有数のビール好きで美味しく安いビールを昼間っから飲んでいる.そしてもう一つのチェコを象徴するアイコンは、・・・、紳士の夜のお楽しみ、なのだ.

 監督の技を感じさせる優れた映画だ.話題性を出すというものではなく、日々のおかしみを連ねてほろっとさせる手法が光る.日本なら是枝裕和監督の作品みたいな感じか.このタイトルは必ずしも作品の内容を表しているとは言えない.英語の原題"I Served the King of England"は「オレは王様の給仕人!」と言った自慢調の訳が似合う気がする.(この台詞はヤンの上司のものだったのだが).映画の内容をストレートには表さないタイトルの選択で観客を試しているのかと言う気すらする.

 至る所で披露されるユーモアと映像美、そしてエロが楽しく、虐げられても明朗なチェコ人はたくましい.かの地の友人を思い出してながら観た.改めて中条正平の映画評の確かさに恐れ入る.