評伝アインシュタイン
- 作者: フィリップフランク,Philipp Frank,矢野健太郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2005/09/16
- メディア: 文庫
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私の興味を引いたのはアインシュタインの相対性理論が世に認められるにしたがって学者だけではなく政治家、宗教家、そしてジャーナリストがこぞって彼の理論を我田引水的に解釈して時節を補強することに使い出すくだりだ。凡人の理解を超える学説なのでかえっていい加減な解釈がまかり通ったのだろう。最後にはナチによるユダヤ人追放の標的になり、ドイツをさることになる。学問的偉大さ故にユダヤ人にシンボルに奉られ、平和主義を唱える事で我が身の危険を招いたのだ。科学者を政治的に利用しようとする動きはどの時代にもある、現代でも心しないといけないだろう。研究だけではなく健全な社会観を養うことが求められるのだと思う。
もう一点印象深かったのはアインシュタインの非戦・平和に対する態度の変遷だ。彼はドイツ時代平和主義のシンボル的存在だった。しかしナチが台頭してドイツを去ったのちにはベルギーの若者にドイツの侵略に対抗して立ち上がる事を勧めている。そしてアメリカに移ってからはルーズベルト大統領宛で原爆開発を提案する手紙を送って広島・長崎での使用に道を開いた*1。戦後は一転してエスカレートする核軍備競争にブレーキをかける立場になる。影響力の大きな人だけあって彼のアクションが極めて大きな結果につながるわけだ。このようにアインシュタインは時代背景によって意見を変えてきている。しかしその判断基準は彼なりには明確で、最悪の事態(ナチのヨーロッパ侵攻や核爆弾所有)を避けるためには次善の策として自説を変えることをいとわなかった。極めて現実的な判断のできるという点で教条的な平和主義者とは一線を画していた。しかし彼にしても核爆弾の破壊力とその後の軍拡競争は予想を超えていただろう。
控えめで思慮深い理論科学者が、彼を取り巻いて踊る大衆と政治による国家と民族の争いのあり方を一変させた時代が19世紀前半だったのだ。
*1:彼はレオ・シラードらの用意した手紙にサインしただけだとも述べている