「百の谷、雪の峰」

 新潮8月号に掲載された沢木耕太郎氏による作品だ。これはクライマー山野井泰史氏が2002年にヒマラヤの高峰ギャチュンカンの北壁を登攀し、遭難の一歩手前で生還した実話の記録だ。430枚、雑誌の1/3を越えるサイズで沢木氏の力の入れようが伝わってくる。この話はすでに山野井氏自らによって記録が出版されている。読み比べてみると登攀中の体調や、パートナーであり妻である妙子さんとの関係についての記述で微妙な差違が感じられる。沢木氏の文章は冷静で努めて客観的に書かれており、山野井氏本人では書ききれなかった部分に入り込んでいけたとの印象を受けた。
垂直の記憶―岩と雪の7章

 彼らがギャチュンカンに向かう直前に「情熱大陸」の取材をうけた。その放送はしっかり見ていたのだが山野井氏のクライマーとしてのあり方と妙子さんとの関係がよく描かれていて好感の持てる番組だった。しかし番組放送直後に彼らは凄惨な体験をすることになったわけだ。


 山野井氏は手足の指を5本ずつ失う事になったがクライミングに復帰してこの春には瑞垣山で5.12d*1のクラックルートに成功したという。今は中国に遠征中とか。クライミングを続けることこそ生き続ける事という信念を実践できる力にはほとほと感心する。こういう話を読むのは彼の生命力とモチベーションを自分に分けてもらおうという理由からだ。

*1:ライミングの難しさを表す数字、とても困難