クライマーズ ハイ

クライマーズ・ハイ

読んでみた

 話題になって気になっていた小説。ほとんど題名につられて購入したところが大きい。一気に読ませるべく書かれたエンターテイメントもので休日の午後にあっという間に読了。

内容

 題材は中年の事件記者の新聞社での葛藤と争いが主題で、そこに日航ジャンボ機事故、谷川岳での岩登り、が織り込まれ更にいくつかのストーリーを取り混ぜて進む。そう長い本ではないのだが飽きやすい読者を引きつけるべくあらゆる努力が払われている。

感想

  1. これは地方新聞社につとめる事件記者たちが、文字通り降って湧いた世界最悪の航空機事故に対して右往左往しながら紙面を作り上げていく様子が主題だ。正直私には新聞屋の醜い所(社内の勢力争い、世代間の対立、スクープ合戦、地方紙の悲哀)が強調されすぎてうんざりだった。こんな風に作られている新聞なら買いたくありません。
  2. 日航機事故はこの小説の主題ではない。新聞屋たちを焚きつける「燃料」として使われている。記述自体は正しいものと思われるし、被害者たちの扱いも丁重だ。しかしこの悲惨な事故の生々しさを同時代に体験している身にとっては刺身のツマのような扱いに違和感を覚える。
  3. 谷川岳の岩登りはスパイス程度にしか使われていない。57才になった主人公がかつての友人の息子に連れられて衝立岩をのぼるシーンがある。本来衝立をのぼる力のない主人公に若者が手を貸して何とかのぼらせる場面だ。また1982年にすでにフリーで登られているこの岩場を人工手段で登ること自体時代錯誤を象徴しているようだ*1。著者はクライミングをあまり知らない人らしい。
  4. 小説のクライマックスは墜落の事故原因に関わるスクープを巡る部分だ。この下りを読むとつくづく記者たちはスクープ目指してしのぎを削っているものだとあきれてしまう。このTVとインターネットの時代、スクープした記者ほどには読者は数時間の違いをありがたがるとは思えない。少なくとも私は拙速な記事よりも的確な取材に基づく深い切り込みを新聞に期待する。ジャーナリストには虚しいスクープ合戦ではなくプロの物書きを目指してもらいたいものだ。
  5. とはいえスクープにこだわる前時代的な記者根性というものはよくわかった。すると今朝の報道であの広島での忌まわしい事件の容疑者逮捕のニュースがあった。ネットで各社の報道を見ていると毎日新聞が一歩先んじたような印象だ。これもスクープと自慢するのだろうか?

まとめ

 概して主題が散漫しすぎて深いインパクトに欠ける小説だ。人に勧める気はしないが時間が有り余っている人、現世を忘れたい人には数時間エンターテイメントの世界に連れて行ってくれる作品だ。

 著者は徹夜続きの取材合戦の興奮状態を「クライマーズ ハイ」となぞらえたかったのだろう。しかし記者の功名争いとつまらない意地の張り合いは会心のクライミング中に体験するとぎすまされた覚醒状態とは全く関係ないものと断言できる。タイトルの選定も誤りであった。

*1:最初にフリーで登ったのは池田功さんらだがそもそももろい岩場だし最近は登る人も少ないのかもしれない