美しい世界


 「美しい国」は安部首相のキャッチフレーズだが国に限らず美しい物は世の中にあふれている。あばたもえくぼと言うが見る人の視点の持ちようで美しい世界は広がる。そして科学者はちょっぴり変わったものに美しさを感じる。

 私は発生学者で組織や器官がどのようにして形作られるか研究している。昨日ある人に「なぜ今の研究材料を選んだのですか?」と聞かれた。しばらく考えて「その組織が美しいからです」と答えた。続けて「数学者が数式や証明に美を感じて、結晶学者が結晶の構造を愛でるのと同じように私にとって組織や胚の姿はとても美しいのです」と言っておいた。再生医療を期待される向きにはまずい発言なのだが正直な気持ちなので仕方ない。

 もちろん綺麗で珍しい物を集めるだけなら昆虫や花の標本のコレクターと変わりない。私たち科学者が生物の美しい姿に心を打たれるのは、その構造の裏にある秩序とそれを作り上げる自然の法則の存在を直感するからだ。全ての美しい構造の中には必ず美しい法則が潜んでいる。しかし自然は簡単には答えを教えてはくれないし、我々の未熟な知性に取っては解答への道は極めて限られた対象にしか開かれていない。そこに到達して美しい自然の法則を解き明かせるかどうかは材料の選び方と、研究者の能力と多少の幸運にかかっている。プロの科学者は自然法則の答えを見つけ出すことが仕事だ。

 答えに到達するチャンスを増やすためには美しさを直感する視野の広さと深さを養うことがとても大事だと思う。だから身の回りの物を美しいと感じる事が出来る視点は常に磨かなくてはいけないと思う。研究者や技術者は実験やデータ解析が出来れば勤まるだろうが科学者は自分の仕事の対象に美を感じ続けていなければならない。