科学における不正の問題

 生化学・分子生物学会合同年会(BMB)が先週行われた.すごい分量の講演が行われたのだがあまりにも多すぎてどこに行ったらいいのかわからない.その中でしっかり狙って出席したのがこの会議.感じたことを雑多に書き残しておく.
http://www.aeplan.co.jp/bmb2008/program/junior_sympo_mbsj.html
今こそ示そう科学者の良心2008
― みんなで考える科学的不正問題―

ワーキンググループが豪華メンバー

概要

1.第一部は杉野元教授論文ねつ造問題調査の報告
報告の簡単な要点.詳細は学会HPで公開の予定.

  1. データねつ造は教授の独断。
  2. 論文のリバイズ段階でねつ造データが共著者の確認なしに加わる。
  3. 判明したケースは最近の論文で連続して行われている。習慣的?
  4. ラボ運営はふつうにセミナーなどを行う。
  5. しかし研究プロジェクト管理は教授が統括。
  6. メンバーは部分的な担当しか把握していない。

 ラボ内の情報は教授が統括し、ラボメンバー間での共有はうまくなされていなかったようだ.

2.第二部は若手からの提言。事前に各自にテーマを与えてうちあわせたそうで各自からそれぞれ有意義な提言があった.

3.中堅ベテラン座談。

背景:杉野元教授問題の衝撃

 このシンポジウム開催の直接のきっかけは大阪大学の教授による論文ねつ造が発覚したことである.調査の過程で告発者が自殺するという悲惨な経過を辿ったこの問題の衝撃は大きい.杉野問題をしっかり総括しておかないと学会の再出発はあり得ない.

疑問

1)杉野元教授は日本の分子生物学の大本流の研究室出身者で、アメリカで研究室を構えた後に帰国、分子生物学会の大会長、大学教授、など科学の中枢にいた人物.このようにして敬意を集め、他人に規範を示すべき立場で、実際そうと信じられてきた人物がその地位にふさわしくない行いをしたのはなぜか.
2)学会はそのような人物の本質を見抜けなかったのか?なぜ論文の捏造を許したのか?同時代のpeerはそのような行動を見逃したのはなぜか?論文や人事評価のpeer reviewが機能していなかったのではないか?それはなぜか?
3)杉野問題をここまで放置したことは学会が社会に対する付託を大きく裏切ったことになる。科学者への有形・無形の不信感を招かぬ方策はあるか?

課題

1.告発者の保護
 ねつ造は教授の単独行動でラボ内の情報が共有されていなかったことが背景の一つと指摘された.若いメンバーはたとえ気がついたとしても告発には刺し違える勇気がいる.告発を受理する機関が告発者を保護してくれる信頼感がなければまず表面化することはないだろう.どのようなシステムが必要なのかを科学者が議論して、実行に移す必要がある.科学者がアクションを控えている間に行政側がインシアチブをとることは好ましくない形に落ち着く恐れがあるからだ*1
2.peer reviewが機能しなかった理由は?
 通常のラボの活動を取り締まることは難しいし、好ましくはない.しかし論文の審査、人事審査、学会の委員選出、など様々な場面で教授は審査を受ける.そのときに何か問題はみいだされなかったのだろうか?見過ごされた問題があったとしたらなぜだろうか?新たに類似の問題が起きようとするとき食い止めることができるだろうか?これは杉野元教授のpeerたちが検討しなければいけない.若手へ提言を行うのは上の世代の反省の上に立ったものでなくてはいけない.
3.研究不正の防止処置
 不正行為の発見と処罰は必要.しかし予防はもっと大切.「バレないと思っている人が不正行為を働く」と発言しておいたがこれは万引きなどの軽犯罪、スポーツにおけるドーピングと根は同じだ.1)不正はバレるということと、2)ばれた不正は罰せられる、と言う二点が周知されるだけで大きな抑止力になるはずだ.
 研究者と研究室の信頼は大切.長年培った信頼は大事だ.私は信頼できる研究者と信頼が足りない研究者を区別することで不正に踊らされる危険を回避することを心がけている.

感想

 この難しい問題に大して学会が取り組む企画を持ったことは意義深い.またワーキンググループのメンバーは超多忙の一流研究者ばかりで彼らが発する真摯な提言は傾聴に値する.

 しかし一方で議論が拡散して一定の結論に収斂することはなかった.むしろイライラさせられることが多かった.その問題点としてはまず「科学的不正」の定義が広く、議論が収束していなかったことがあげられる.発言があるたびに議論が右往左往してしまいなかなか前に進まないことは司会の方も苦労されていたところだろう.望むらくは1)問題点の整理、2)その反省、3)予防の方策、4)そして若手への提言、という順序がよいが90分の枠はあまりにも短い.

その他諸々のメモ(他の人の意見も含む).

  1. 若手の参加が少ない
  2. 大御所が場を仕切ると若手が話しにくい。
  3. 杉野世代(分子生物学第二世代)は若手に説教を垂れる前にその責任を総括すべき(これは私の私見).
  4. テーマの整理が不十分。問題点は、1)意図的な捏造、2)間違いの放置、3)ナイーブなミステーク、4)単なるデータのバラ付き。を分類して議論すべき。夏目さんのまとめがそれに相当していたが彼の発言は遅すぎた。
  5. 基調講演となった第一部の杉野問題報告の議論と反省がその後の議論に反映されていなかった。
  6. ベテランの話は精神論が多い。若手若手と上からの目線で話すならば責任ある世代の課題を別に整理しておかないといけない。

とりあえずのまとめ

 不正のおこる状況と予防処置についてはPIが必ず理解しておく必要がある.研究を始める学生、PDは間違った解釈を生まない厳密な実験方法を身につけることと、疑惑を招かないデータの取得とプレゼン方法を理解する必要がある.かくして研究はますます煩雑にはなるがこれが当たり前のこととしてソリッドなデータを出せる研究者が正当に評価される環境を作りたい.

*1:米国のORIの例などを参照.