二股は許されるのか?

Nature. 2005 Nov 3;438(7064):94-8.
The transcription factor Engrailed-2 guides retinal axons.


 これはまた驚きの論文だが悩ましくもある。神経科学は門外漢だが考えてみよう。

背景

 脊椎動物では網膜に由来する視神経はそのtemporal-nasalの極性に従って標的tectumのcaudal-rostralに投射する。この極性のマッチングは視覚が中枢で処理される基盤をなす。標的の極性化には中脳でホメオドメイン蛋白En2が前後に勾配をなして発現していることが重要であることが示されれていた。En2は転写因子であるが細胞外に放出されることもある(らしい・・・要データチェック)。

結果

  1. ゼノパスの網膜神経を走行させる培養系を用いてここにEn2蛋白をピペットで局所的に与えるとtemporal側に由来する神経は反発し、rostral側由来の視神経は誘引された。従ってEn2蛋白は細胞外で働くガイダンス機能があることになる。
  2. 蛍光標識したEn2を網膜細胞に与えると急速に取り込まれた。取り込み不全になるEn2変異蛋白にはガイダンス機能はなかった。
  3. En2に対する神経の応答は蛋白質合成阻害剤に感受性だった。転写阻害剤には効果が認められなかった。
    • 疑問:axonの伸長自体に変化があったかどうかが不明だ。蛋白合成が止まれば普通は細胞突起の伸長も止まりそうなものだが・・・?
  4. En2を与えた神経細胞では蛋白合成が活性化されている証拠が得られた。

結論

 En2は細胞外でaxonに作用してガイダンス機能を果たしうる。

議論

  1. 蛋白合成に関するEn2の効果はtemporal側、rostral側由来の視神経いずれでも同等に見られた。なのでこれだけではEn2に対する選択的な応答を説明できない。
  2. En2の作用はどれだけ重要か?tectumへのガイダンス機能としてEphrinシグナリングの勾配が大事であることが示されていた。En2はこれを補完する位置づけだろうというのが著者らの考えだ。
  3. マウスなどで遺伝子破壊を用いた実験での確認がほしい。しかしEn2の貢献度がマイナーだとすれば結果は不明瞭になるだろう。なんだか消化不良な気分だ。
  4. この実験結果が生体内の反応を反映していることを示すにはまだいくつか知りたいことがある。
    • axonガイダンスへのEn2の有効濃度はどれくらいか?これは中脳でのEn2の細胞外濃度に一致するか?
    • En2の様々なフォーム(分泌されるもの、されないもの、蛋白合成に影響しないもの)を生体内で働かせてガイダンス機能の検証をしてほしい。ニワトリのキメラが有効だろう。
    • おそらく最も有効なのは転写調節機能を持たないEn2でガイダンス機能を示すことだろう。

評価

 私個人にとって最も違和感があるのは転写因子として進化的に保存されてきた(と信じている)ホメオドメイン蛋白が核内の任務を離れて細胞外に飛び出して作用する、というアイデアだ。転写研究を通じて育てられてきた私のヒーローであったホメオドメインが、よりによって細胞外でガイダンスなどと言うちょっとトレンディーだが浮気なことをするという話を受け入れられないのである。
 今回の結果が核内因子の全く新しい機能を示すもので注目に値するが、これは新たなアイデアを検証のたたき台に乗せたという段階だ。このアイデアを追うレースに参加するか、無視して見送るか、傍観者となるか、人によって反応は様々だろう。
 私としてはにわかに受け入れがたい話なのでとりあえずスルーしてレースの展開を見守ることにする。