*[Book]半落ち

半落ち (講談社文庫)

半落ち (講談社文庫)

 横山秀夫とはどういった作家なのだろう?何の予備知識もなく読んだクライマーズ・ハイでは当初何がテーマなのかがわからず釈然としない印象だった(11/30の日記12/18の日記)。日航機事故なのか、新聞のあり方なのか、クライミングなのか、私にとっては判然としなかったのだ。しかしガ島通信やそこにリンクされている方々(メディア関係者)のコメントを見ると小説とTVドラマでの新聞記者の描写は真にせまっており横山秀夫の記者出身の経歴が存分に生かされているとのこと。クライマーズ・ハイは新聞記者の小説だったのだと今頃になって理解した。

 プロットはそれほど巧みだとは思わない。これは日航機事故の事実の重みに圧倒されてのことかと思ったが他の作品でもストーリー展開がきれいに論理的にはまったものはあまりなかった。しかし作品の端々を思い返してみると登場人物の人物像が非常に丁寧に作り上げられている。それぞれに苦い過去を背負った背景が複雑に絡み合っていて、そこを承知していて初めてドラマのシーンに意味が出てくる。横山秀夫は「ひと」を描く作家であったのだ。


 様々な事情を持つ人々の人生を描写して、積み上げることで書き上げられたのがこの「半落ち」だ。ベストセラーで映画にもなっていたので題名は知っていたが今回読むことになったのは横山秀夫という作家をもっと知りたいと思ったからだ。


 ストーリーは単純。アルツハイマーで心が壊れ始めた妻を殺害して自首した警部 梶総一郎 を巡り、彼を取り調べ、監視する刑事、検察官、新聞記者、弁護士、裁判官、そして刑務所の看守がそれぞれに梶の隠し通そうとした秘密を知ろうとし、それをあきらめて梶を応援する立場に入り込んでゆく。中高年の登場人物それぞれに悩む事情があり、すべてを捨て去った梶の潔い態度にかえって皆が救われる。人々の罪を背負う現代のキリストのような姿が描かれている。最後に明かされる梶の秘密は衝撃的なものではないが梶と、彼にふれあう6名の男の物語がじわじわと聞いた後で聞かされると心にしみ、涙を誘うものがある。名作だ。


 しかしストーリーの前半で出てくる警察と検察、そしてマスコミの間の抗争。これは梶が黙秘していた2日間の行動を巡ってのことだ。そもそも事件とは関係のない梶の個人的な行動に関してマスコミが興味を持ち、警察はそれを取り繕うとしたことから検察の疑いを招いてしまったのが原因だ。普段はメディアを利用しているが、身内が取り上げられることは極端に恐れる警察と検察の上層部の行動がばかばかしいほどに滑稽だ。ここのあたりは記者出身の作者ならではだろう。

陰の季節 (文春文庫)

陰の季節 (文春文庫)

 勢い余ってもう一冊読んだ。これは短編集。横山秀夫は屈折した人物像を作り上げる名人だ、という私の評価はこれで確定。警察署の話なのだが1編だけ婦警が主人公のストーリーがある。これだけは屈折した心理の書き方に冴えが見られなかった。この作家をしても女性を書くのは難しい、ということだった。