小川洋子

 文庫で見つけられるものをまとめて購入して読んでみた。

密やかな結晶 (講談社文庫)

密やかな結晶 (講談社文庫)

 これまでの彼女の作品で一番良かった(ぞっとした)。ある島で人々記憶を段階的になくしていき、人間らしい感情を失っていくというSF的な設定。記憶を残したり、想い出の品物を保持している人を秘密警察が取り締まるという華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ)を彷彿とさせるストーリー。音楽、香り、季節、など日常生活の当たり前の一部になっているものがひとつひとつ奪われていく。人々は「ひとつくらいなくなっても大丈夫」と考えているのだがやがてその記憶は無くなり、感情も失われていく。その中で唯一過去の記憶を保持しているR氏は彼をかくまう「私」と「おじいさん」の心が衰弱していくことを危惧してこう語る。

衰弱という言葉が適当かどうかは分からないけれどある方向に向かって変質し続けていることだけは確かだね。しかもそれは容易に逆戻りできない変質だ。僕のような立場の人間から見れば、その方向の行き止まりがどうなっているのか、とても心配だ

 作者がこの寓話に託して何を語りたかったのかは分からないが読む人によっていろいろな感想を引き出せるように仕組まれている。

 私にとっては五感をとぎすませて、想像力を働かせて、光、音、香り、そして言葉や旋律を受け入れる日常を失うと心はたちまちすさんでくるというのが教訓だ。最近世間をにぎわせている子供同士のいじめや、マスコミによる責任者のつるし上げ、などの心の荒廃も想像力の欠如によるものが多いような気がする。

 小川洋子さん、恐るべし。