ドリアン

カラー版 ドリアン―果物の王 (中公新書)

カラー版 ドリアン―果物の王 (中公新書)

 日経日曜版の文化欄。「熱帯果物嗜好」と題したエッセイ。植物学者である作者は知らぬ仲ではないのだがこのような文筆家とは迂闊にも知らなかった。

 まずマンゴーが日本でもポピュラーな果物として受け入れられるようになったところから始まり

封印は解かれた。となれば、時代は次にはドリアンに向かうだろう。

と受けてドリアンの解説にはいり、そしてちゃっかり彼の近著の紹介までしていた。

 その熱に煽られて彼の近著「ドリアン」を購入。カラフルな写真をふんだんに使って彼の持つドリアンに対するうんちくをとことん披瀝している。これが面白い。植物学者である著者はドリアンの植物系統上の地位、ドリアンの味、においを構成する化学物質の組成、ドリアンの栽培方法まで自身の体験に基づいて書いている。はたまた下記のような無責任きわまる(?!)提案まで行っている。まさかこれだけで真に受ける人もいないことを願いたい。

ドリアンの結実の様子や落下の様子を観察するツアーを組めば観光需要もあるかもしれない。前例がないだけに責任はとりかねるが、冒険心のある篤農家に是非お勧めしたい。

後半に入ると「ドリアンの果物史」と題して45ページを費やした章にはいる。日本人と栽培果実との関わりを歴史を辿って様々な文芸作品を引用して述べた圧巻の章だ。バナナ、マンゴ、マンゴスチン、グレープフルーツ、バニラ、リンゴ、それからゴム(これは食べられないか・・・)。あれれ、しかしドリアンに触れたところが少ないぞ!それは無理もない。ほとんど日本人になじみのない果実なのでたまに出てきても「くさくて変わったとげとげの果物」、くらいの記述しか見つからない。その最たる者は三島由紀夫の「豊饒の海」第三巻、を引いた箇所だ。三島はドリアンと一言も書いていないのにもかかわらず、若い女性の官能を果実にたとえて表現したくだり、

彼はしつこい熱帯の果実の、今からを打ち割ったばかりの果肉のにおいをかぐような気がした。

を引用して、三島はドリアンを念頭に置いてこの分を書いたに違いない、とばかりに一方的な思いこみで紹介しているのだ。なんだかしゃべりにしゃべってうんちくを飛騰している間に大脱線した話がそのまま文章になったようなものだ。

 実は私はドリアンを食べたこと事がない。若い頃アジアを旅して「あれだけは食べられない」と脅かされて以来、腰が引けて手が出ていないのである。しかし著者のお奨めの「ドリアンは東南アジアのマーケットに行って選んでその場で食べろ」を近いうちに実践したいものだ。
 
 ともあれ本書は著者の植物学と文化史の多岐に渡る造詣を楽しみながら、ドリアンを導入とした熱帯果物の優れた紹介書となっており、とても楽しめる一冊となった。

☆☆☆