国境の危機と国家の罠

 本日北海道根室沖でカニ漁船が銃撃されて漁師の方一名がロシア警備艇に射殺されるという痛ましい事件があった。「現場は深い霧に閉ざされていた」などと言う報道を聞くと、つい先々週に滞在していた霧深い釧路の港が思い出される。

 このような事態では表に出る公式のやりとりが互いの主張を言い合うことに終始して埒があかない。必要なのは水面下で当事者同士が腹を割った意見を交換して解決に導く裏交渉だ。しかしこの事件を報ずるニュースによるとこのような時に威力を発揮するはずのロシアとの外交チャンネルがうまく機能せず迅速な交渉に期待が持てないと言う。困ったことだ。

 そこでこの一冊。

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

 私がついこの間読んだのが「国家の罠」。かつて外務省でソ連・ロシア専門家としてチャンネルの確保に努めてきた佐藤優氏の著作だ。この日露国境の危機に際して含蓄の深い記述が満載されている。佐藤氏と彼が緊密な関係を持って行動した政治家鈴木宗男氏はソ連・ロシアとのチャンネルを駆使して日露の領土問題の解決に向けて様々な活動を行っていた。佐藤氏の語るソ連解体時のゴルバチョフ拘禁や、日露首脳会談のエピソードはとても興味深い。ノンキャリアの官僚である佐藤氏の任務におそらくは寝技・裏技的なものも多くあったのであろうことが想像できる。

 さて佐藤優氏と鈴木宗男氏は刑事被告人で現在も公判は続いている。被告人の立場から逮捕・拘留と裁判の経緯を綴ったのが本書だ。官僚らしい冷静な筆致で彼を取り巻く状況を解析している。特に逮捕後に彼がいかにして精神のバランスを保つことの工夫をしたのか、取り調べにあたった検事とのやりとりなどは圧巻だ。自分がこのような立場に立ったらどうしのぐべきか、などと考えながら読んでしまった。もちろん刑事訴追を受けている側の言葉なので必ずしもバランスが取れているとは限らない。しかし改めて当時のムネオバッシングを思い出しつつ本書を読むと事実関係を改めて再構築する手助けになる。当時の報道が極めて偏っていたことをうかがわせる。

 本書によると佐藤・鈴木両氏は北方領土返還交渉の方針を巡る与党内の対立が引き金となって起こった外務省改革の嵐の中で詰め腹を切らされた、と理解できる。この騒動の中に関わった鈴木宗男氏と田中真紀子氏、及び野党で非難の先鋒にたった辻本清美氏は失脚し、外務省は大改革を迫られた。この動きを佐藤氏は「国家の意思」によって検察がうごいた結果だと解説する。しかし操作の矛先が日露交渉に関わった前首相に近づいたときに突如として操作は終了したのだという。事の真偽はわからない、しかし時代の寵児だった堀江貴文氏や村上世彰氏が出過ぎた行為に走った時に排除されるということを見ると、「出る杭は打つ」という判断が働くことはしばしばあるのかもしれない。

 ともあれ鈴木宗男氏の退場と共にロシアチャンネルはやせ細り日露交渉は冷え切った。そのときのツケが今回ってきているのかもしれない。佐藤氏はこの事態についてどう語るのだろうか?

 しかしニュース番組で「ロシアとの交渉ルートが弱いそうですね〜」などと人ごとのように言うキャスター。それってあんたがたがよってたかって叩いていたムネオさんの事ですよ。