華麗なる一族

華麗なる一族〈上〉 (新潮文庫)

華麗なる一族〈上〉 (新潮文庫)

 
 先日の出張の機内では山崎豊子の「華麗なる一族」を読んだ。TVドラマでは長男の万俵鉄平を主役扱いにして親子の葛藤を主題にしている。昭和30年代の映像が良いのだがキムタクの演技は青くさすぎていただけない。一方で北大路欣也の演技はさすが。本当の主人公は父親の万俵大介だ。中堅銀行のオーナー社長として銀行再編も荒波を生き抜くために家族も部下も駒として使い、必要なくなれば切り捨てる。おまけに自宅には執事兼愛人を住まわせ家族の祭り事を仕切らせる。よくもここまでと思うほどの巨大なエゴを持った人物像を作り出している。

 高炉を完成させて阪神特殊製鋼を世界企業に育て上げ日本の工業化を推し進める夢にかけた息子の鉄平とその大志を買って支援を続ける大同銀行の三雲頭取。読者はこの二人に人間的魅力を感じて共感するのだが、実は鉄平の計画を餌に大同銀行を危ない融資に引き込み経営危機に陥れまんまと合併に持ち込む大介の方が上手だったということだ。その手口の汚さにはあきれるほどだが「正直者は悪い奴らにつけ込まれる」という強烈だが極めて現実的なメッセージを発している。

 万俵大介はしかし万俵家のため、を理由に押し進める会社合併や政略結婚のおかげで家族の心は離反し孤独を味わうはめになる。そして作者は最後に救いのない結末を用意している。女性である山崎さんだからこそ突き放して万俵大介をとことん悪人に描き出し、そして残酷な最後に終わらせることが可能だったのではないか。万俵大介がとことん悪人に徹することでこの作品は最後まで緊張感を保ち、山崎作品のベストといえる作品となった。




 この二年あまりの間にほかの長編の白い巨塔〈第1巻〉 (新潮文庫)不毛地帯 (1) (新潮文庫)沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)
」、二つの祖国〈上〉 (新潮文庫)など一通り読んだ。作品の出来映えでは「華麗なる一族」、「白い巨塔」と他三作とでは大きな違いがある。後者の三作はシベリア抑留、日航機事故、中国残留孤児などの日本が背負った重い問題を実在の人物からヒントを得て書かれている*1。それだけに事実の重みが大きいのだが主人公が苦労する前半の部分が冗長すぎて飽きがくる。また最後は主人公が成功して報われる希望のある結末なのが物足りない。それに比べて前二作は野心的な主人公が汚い手を尽くして成功を目指す話だ。フィクションに徹して自在に主人公のキャラクターを作り上げダーティーで非情だが魅力的な役を作り上げている。

 どの世界でも時代を象徴する人物には暗い影があり、世間の批判を浴びる。しかしその人物と、その時代の真の評価は時が経つのを待たなくてはいけない。現代のダーティーヒーローであるホリエモン村上世彰の評価は30年後を待って始めて定まるだろう。

追記:「華麗なる一族」文庫版には青地晨氏による「解説」が添えられているのだがこの出来がひどい。読書感想文の締め切りに追われて原書からあらすじを書き写し、ちょこっとだけ感想を付け足して間に合わせる。そんなレベルの文章。原作の余韻を損ない、お金を払って読むものではなかった。

追記 3/17
 山崎豊子さんの作品が好きな個人的な理由は彼女の作品の舞台が自分の地元である京阪神を中心にしているからだ。彼女の描く昭和30年代の風景がかすかに自分の記憶に残っており、その時代の空気を感じながら現代の風景と対比させつつ読み進むのは楽しみだ。芦屋、岡本の山手にある豪邸でに住まう人たちの暮らしぶりが多く出てくるのだが、現地には今でもそんな豪邸の名残を見ることができる。

*1:フィクションだという建前なのだが故瀬島龍三氏などはっきりしたモデルがいる