日蝕

日蝕

日蝕

 ここのところ毎週子供につきあって図書館に出かけている。図書館の良いところは書庫を眺めているうちに思いもよらなかった作品に出会えること。平野啓一郎は京大在学中に芥川賞を取ったということで話題をまいた事をかすかに覚えていたが彼の作品を読もうと思った事はなかった。今回手にしたその受賞作は古風で難解な言葉遣いを駆使して妖しげな中世ヨーロッパの僧侶と異端審問を舞台にした物語だ。全体を貫く雰囲気と時代背景、そして異端と断罪された者が火刑に処されるシーンは「薔薇の名前」にかなり近く、「薔薇の名前」で重要な役割を果たした異端審問官ベルナール・ギーの名前もちらりと登場する。おそらく平野氏はウンベルト・エーコのこの作品を相当に研究し、彼自身の文体でその世界を構築し直そうと試みたのではないかと思う。その意味ではこの作品は習作といってよく、そのためかamazonの書評でも賛否が分かれていた*1。しかし私は彼を支持する。とても手の込んだ、優れた習作で、これを大学生の時に書いたとは恐れ入る。この総表現者社会で弁と筆の立つ人は沢山いるのだが、様々な文体を研究してスタイルを確立させるのはプロの作家が担うべき仕事だ。その責を担う可能性をもった作家を発見できたのは幸運だった。
☆☆☆