ネアンデルタール人ゲノム配列に混入したヒト配列

 マッチポンプと言う言葉がある。マッチで火をつけておいて自分で消す。二回分の仕事になり、働いた気になれるのだが残るのは徒労と焼け跡だけだ。昨日Natureのめくって読んでいたらあきれたニュースが解説されていた。

 論争に火をつけたのはこちら

Nature. 2006 Nov 16;444(7117):330-6.Click here to read
Analysis of one million base pairs of Neanderthal DNA. Green RE, Krause J, Ptak SE, Briggs AW, Ronan MT, Simons JF, Du L, Egholm M, Rothberg JM, Paunovic M, Pääbo S.

 彼らは保存状態の良好なネアンデルタール人の化石からDNAを抽出し、最新型の454シーケンサーで直接に増幅して配列を決定した。ヒトとの分岐年代は51万6千年前と推定し、更にネアンデルタールのゲノムには相当量のヒト配列が混在しており、彼らはヒトとの交雑の可能性を指摘した。

 一方で同時に発表されたのがこちら。

Science 17 November 2006:Vol. 314. no. 5802, pp. 1113 - 1118
DOI: 10.1126/science.1131412
Sequencing and Analysis of Neanderthal Genomic DNA, Noonan JP, Coop G, Kudaravalli S, Smith D, Krause J, Alessi J, Chen F, Platt D, Pääbo S, Pritchard JK, Rubin EM.

NoonanらはゲノムDNA断片をライブラリーにクローン化して配列決定するという今や古典的となった方法で解析した。彼らは分岐年代を70万6千年と推定し、ヒトDNA配列は見られないとした。

 オーサーリストを見るとどちらにもドイツチームのリーダーPääbo Sの名が見られる。それもそのはずこのプロジェクトはPääboらが所有していた化石を元に始まった共同研究だったのだが途中で仲違い(?)をして別々に発表するに至ったらしい。問題は両者の論文の結論に大きな食い違いがあり、それもPääboはどちらにも著者として加わっていると言うことだ。

 この問題を整理しようとしたのがWallらの論文。

Inconsistencies in Neanderthal genomic DNA sequences Wall JD, Kim SK PLoS Genetics, e175.eor doi:10.1371/journal.pgen.0030175.eor

 WallとKimはPääboとRubinらのデータを再解析して比較して彼らの結論を確認した(オープンアクセスで読むことが出来る)。その上でデータの食い違いの原因がPääboらの配列にのみヒト配列が多く(80%!)含まれており、これはおそらく実験操作中の混入だろうと推定した。なんの事はない、汚れた標本でdirtyなデータを出してそれを元に世間を騒がす結論をミスリーディングに流しただけだったわけだ。これまでもヒトゲノム配列に見られたバクテリアの遺伝子配列を元に水平感染が提唱されたりしたことがあるがこれもコンタミだったと言われている。化石試料の解析ではこの問題は重大な事がわかっており、発表時にもこれについては最新の注意が払われたとされていたはずだが混入が「ない」と証明することは不可能だ。結局功を焦ってとんでもない論文を出してしまった事になる。科学に誤りはつきもので、従来の仮説を乗り越える事で新しいアイデアが発展してきた歴史がある。しかし今回の場合はそのレベルの話ではなく、単に混乱と徒労が残っただけだった。

 実験科学ではデータの信憑性を証明するために血のにじむような努力をしている人たちがいる。そんな努力を無にするような行為を話題性だけで取り上げることはこれでもうおしまいにしてほしい。