ワトソン博士のインタビューには過剰に反応しない方が良い

 ジム・ワトソン博士はDNAの二重らせんモデルの提唱者で、コールドスプリングハーバー研究所を世界的な生命科学の研究所に仕立て上げ、ヒトゲノム計画をここまで推進してきた生命科学の巨人だ。しかし彼は天才的な科学者であったと同時に奔放な発言と行動でこれまで様々な論議を巻き起こしてきた。だから今回彼の発言が報道された事についてもさほど驚く事はなかった。かなり大胆な意見の一つであるが、もしちゃんとした形で提唱されればそれからその科学的な妥当性を議論すれば良いだけのことだからだ。しかし話はそこで終わらなかった。講演キャンセルやら職務停止などで大変な騒ぎになっているそうだ。そりゃまあアフリカを征服した欧米諸国の最も悩ましい問題に関わり、政治問題化してしまったからだ。

 私がこの時点で言えることはワトソン博士の発言はインタビュー中に出たもので、彼が書いている著書とも関連しているようなのでそれが出版されるまで*1はつっこんだ議論は待った方が良いと言うことだ。本来は放っておけば良いような発言なのだが政治家の失言のような扱いをされて話が大きくなりすぎてしまった。

 私はワトソン博士の発言を取り消したり罰する必要はないと考える。ただしこのような様々な解釈(と誤解)があり得る問題は科学的データを元に専門家の間で吟味できる形で提唱すべきだったと思う。そしてその科学的なデータはま
だ科学的議論に供するだけには十分に得られていないと思う。それを自著の宣伝をかねたインタビューの場でメディアを前に触れてしまったことは脇の甘さを批判されても仕方ない。今後の予算獲得で欧米の生命科学者が被るダメージと、彼の年齢を考えると引き際だろう。
 さて以下に報道されている内容を読んでみる。

 ワトソン博士は14日付の英日曜紙サンデー・タイムズに掲載されたインタビューで「アフリカの前途を悲観している」と発言。その理由として「すべての社会政策は彼らの知性がわれわれと同じだという前提を基礎にしているが、検証ではよく分かっていない」と述べた。また、黒人労働者の能力が他の人種より劣っているという趣旨の発言もあった。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007101901000249.html

 彼は謝罪したそうなので発言は実際にはあった事らしい、しかしただのインタビュー記事であり出版前に本人に内容の確認を求めたとは考えにくい。なので伝聞に基づく二次、三次情報が流れているにすぎない。

 サンデー・タイムズに掲載された記事の問題部分はここ:

He says that he is “inherently gloomy about the prospect of Africa” because “all our social policies are based on the fact that their intelligence is the same as ours – whereas all the testing says not really”, and I know that this “hot potato” is going to be difficult to address. His hope is that everyone is equal, but he counters that “people who have to deal with black employees find this not true”. He says that you should not discriminate on the basis of colour, because “there are many people of colour who are very talented, but don’t promote them when they haven’t succeeded at the lower level”. He writes that “there is no firm reason to anticipate that the intellectual capacities of peoples geographically separated in their evolution should prove to have evolved identically. Our wanting to reserve equal powers of reason as some universal heritage of humanity will not be enough to make it so”.
(斜線は私)

 斜線部分は[人種間には遺伝的差異があり同一ではあり得ない。」というのが趣旨だ。ただし冒頭で「アフリカの将来を憂慮する」と述べたと伝えられているのでこれが正確な発言ならば優劣の判断が混じっている事になるだろう。

 しかし問題は次のくだりで、インタビュアーが誘導ともとれる仕掛けを試みたところだ(斜線分)。

When asked how long it might take for the key genes in affecting differences in human intelligence to be found, his “back-of-the-envelope answer” is 15 years. However, he wonders if even 10 years will pass. In his mission to make children more DNA-literate, the geneticist explains that he has opened a DNA learning centre on the borders of Harlem in New York. He is also recruiting minorities at the lab and, he tells me, has just accepted a black girl “but,” he comments, “there’s no one to recruit.”
(斜線は私)

 どういったいきさつで「人類の知性を左右する遺伝子」に話題が移ったのか、それと人種問題は関連して話されていたのか、はここからは読みとれない。ワトソン博士は「15年くらいでみつかる」と述べている。そして再びハーレムの黒人に話が移るがどういった文脈で話がなされたのかは不明確だ。

 このようにインタビュー手法自体も問題を孕んだものなのでこの記事を一次情報として批判を繰り出すこと、およびワトソン博士を養護することも控えるべきでしょう。

*1:出版されればの話だが