クラプトン:若くしてギターの神様とあがめられた男の自伝.

Clapton: The Autobiography

Clapton: The Autobiography

 ロックの巨星、クラプトンが自分の人生を赤裸々に語る.

 エリック・クラプトンはティーンエイジャーの母親とヨーロッパに出征していたカナダ兵の間に生まれ、父母の顔を知らずに育った.母親だと思っていたのが実は育ての親の祖母で、出生の経緯を知ったときは相当なショックを受けたそうだ.奥手の子供時代を過ごした後に美術学校生だった頃にバンドに目覚めてギタリストとして独習を重ねる.この頃ブルースの巨匠たちの演奏をひたすらコピーしたそうだ.模倣を繰り返した先に個性が生まれると語っている.ヤードバーズでヒット曲を生んだ直後に脱退した頃からクラプトンはギターの神だ、という噂がささやかれるようになる.そのとき彼はまだ21才.それもギター歴は長くない.これはいくら何でも過大評価というべきだろう.でもあの時代、1960年代後半には古い価値観が破壊され、皆は新しい神を欲したのだろう.そこに祭り上げられたのが新興のロックミュージックで最も心を揺さぶる楽器を操るギタリスト達だった.クラプトンは多少の違和感を感じながらも神の称号を受け入れ、奥手の少年時代を埋め合わせるように快楽にふける.
 この時代から40才をすぎるまでの彼は常に薬と酒と女性関係に溺れる生活を続ける.本書の中盤はひたすらその荒れた生活を記述する.薬物依存の施設に入り、アルコール依存症の入院を繰り返す.その間も乱れた女性関係を繰り返す.驚いたのはその時々に関係した女性の話を事細かに実名入りで記していることだ.これらですべてではなかろうがあきれるほどの精力家.その合間には友人であるジョージ・ハリソンの妻パティを巡る長い三角関係がある.そのさなかにパティへの思いと綴った「レイラ」を発表する.レコードが出来上がった直後、クラプトンはパティに作品を聞かせて自分を選ぶように迫るが拒否される.しかし数年が経ったころ、とうとう彼女はクラプトンを選び、彼らは結婚する.だがクラプトンは酒を断つことはできずに演奏中の飲酒は継続していた.そんなどうしようもない、自堕落な男を神と崇めるファンが世界中にいたのである*1
 このようなだらしのない男の救いのない話を我慢して読み続けたのは再起したクラプトンが名作"Unplugged"を発表した経緯を知りたかったからだ.クラプトンが関係をもっていたイタリア女性が男子を生んだ.彼は子供を認知し出産にも立ち会ったが結婚はせず、不定期に母子と時間を過ごす中途半端な親子関係を続けていた.あるときニューヨークで親子の時間を過ごすことにしたクラプトンは息子コナーを連れ出して遊びに出かける.夕刻高層アパートに住む母親にコナーを届けて自分の時間を過ごす.しかし翌朝錯乱した母親から来た電話はたった今コナーが死亡したと告げるものだった.自宅の安全柵のない窓から地上に転落し即死だったらしい.息子を失った気持ちを歌った”Tears in Heaven"は素晴らしい曲になった.だがクラプトンが父親としてのつとめを果たしていたかについてはきわめて疑わしい.彼の悲しい気持ちの一部には「息子を失ったオレがかわいそう」という気持ちが込められているような気がしてならない.彼自身が認めるように酒を断てないクラプトンは10歳児のような幼稚な大人だったのだ.そんなダメ親父のクラプトンの人格が優れているとは言いがたいが、そんな未熟な男の歌が世界中の人々の心を揺さぶることは事実なのだ.この事件以降、二度目のアルコール依存症施設入りでとうとう酒を断つことに成功し、その後は自前でアルコール依存症施設を設立するための募金活動を行ったり、結婚して子供をもうけたりとようやく順調に人生を歩み始めて現在に至っている.
 このような波乱の人生の合間にミュージシャン仲間のエピソードが盛り込まれて面白い.天才肌のジミヘンとの出会い、ビートルズでは傲慢だったジョン・レノンの話、一番仲の良かったジョージ・ハリソンとの交流、交際中のガールフレンドをまたたく間に寝取ったミックジャガー、などなど.また生活に問題があった頃、自信をもって完成させたアルバムを所属していたワーナーブラザースから「ヒット作にはならない」という判断で発売拒否されたことがあるそうだ.それまでは作るレコードはすべて発売され、それなりの売り上げを示していたのでこのリジェクションは相当堪えたらしい*2."Unplugged"以降ブルースへの回帰を強めたのは自分の作りたいものを作るという主張を通せる立場になったからだろう.ただし私はクラプトンの歌うブルースは好きになれない.ブルースの旋律の中では彼の高音のヴォイスが浮いて感じられるからだ. BBキングとの競演ではうまくマッチしていたが、残念ながらBBの声も最盛期には遠く及ばない.油の乗った黒人ヴォーカルと競演してサイドメンとしてギターに徹すればいい作品になると思う.

 ともあれクラプトンのファンとロック・ミュージックの歴史に興味を持つ人ならば読み通すことができるだろう.勧められる一冊.


 

*1:何も知らない私もその一人だった

*2:科学者なら誰でも経験していることではある