Stone Locals

イヴォン・ショイナードはヨセミテや世界各地でのフリーとエイドクライミングで自然と岩に対して可能な限りフェアに対するというロッククライミングのスタイルを創出し、ショイナードエクイップメント、Black Diamondの製品を通じて現代クライミングを支えていた。イヴォンが起業し、彼の精神を受け継ぐパタゴニア社の作成したこの映画ではドイツ1、アメリカ3、日本1の5名のクライマーの生き方を紹介する。パタゴニア社が提唱するライフスタイルには共感するところがあるものの反捕鯨団体との接点がある。寄付を行った事実はあるものの継続的な支援ではないらしいが、パタゴニアの打ち出すスタイルにはやや過激な環境保護思想に通じるところがある。この映画もその空気を醸しだしている。「クライミングと自然に助けられた悩める人々」のライフスタイルの紹介でちょっと共感しにくいところがある。唯一ガチの「クライマーとしての生き方」を実践しているのが日本の横山勝丘だ。彼にしても家族や生活の悩みがなかろうはずがないがそのようなものを表に出さずに自分のスタイルを貫くところが良かった。

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Ecological Developmental Biology: Integrating Epigenetics, Medicine, and Evolution

(2012年に書いた感想を再掲)

 

Scott F. Gilbert, David Epel

発生学の定番教科書"Developmental Biology"の著者が挑んだ新しい発生学の枠組み.モデル動物を主体とする生物学では研究対象を限られた種に絞り、使用系統、飼育条件を統一化して世界中で共通した研究ができる環境を提供する事で爆発的な進展を果たしてきた.しかし実験室内の飼育条件は自然環境でのものと同一ではない.環境から受ける様々な刺激に対して生物はどのように反応し、その応答状態がどのようにして種の集団内で伝播し引き継がれるかの問題に対して、筆者は実に多岐にわたる考察を加えている.「共生」と「エピジェネティックス」をキーワードにして数多くの文献を読み込んだ著者が多彩な実例をあげている.筆者のメッセージは「生物は孤立した存在ではなく環境と、他の生物とが合わさったファミリーとして生存と発展を遂げている.」ということ.彼の指摘にはうなづけるところは多く、これからの生物学、発生学、進化学を考えるにあたり貴重な示唆を与える.
 気になるところとしては紹介されている研究例が多岐にわたり、かなり驚かされる話も多い事で、その結果の再現性、確実性がどこまで検証されているのかが判断しにくいところだ.もちろん反論も多くあるだろうし、数年後に見解が変わってしまうようなケースもあるだろう.またGilbertが引用する話を見ると彼のネタ元(ブレーン)が透けてみえるので著者に近い人たちの研究はより多く取り上げられている傾向がある.そのような不確実性、バイアスを含めても今、この時期に本社が出版される事には大きな意義がある.日本語訳も出版されているが本書の英語は平易で読みやすく学生は原書で読む事を勧める.

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Jerry Moffatt - Revelations

(2010に書いた感想を記録として再掲)

ジェリー・モファットと言えば僕らが岩登りをはじめた頃にイギリスからアメリカに渡って有名ルートを片っ端からやっつけ、その後日本にも来て開拓されたばかりの最高難度ルートを一挙に片付けて有名になったクライマーだ。それから20年以上、世界のトップを走り続けた彼の自伝。

 80年代というとフリークライミングがゲームとして成立しつつある時期で技術の向上、難度の標準化、登りかたの定義、トレーニングの方法などが手探りで研究されていた時期。モファットは生活保護による最低額の給付を受けながら岩場で寝泊まりしてクライミングに全人生を捧げる生活に明け暮れた。

 本書はそんな彼が世界一のフリークライマーになる過程での強烈な競争心、献身的なトレーニング、貧困を気にしないストイックさ、そして失敗を恐れない楽天性について自分の視点から語られる。中盤からの各章はプロのクライマーとしてビジネスに関わるようになったやり方、トレーニング方法の研究、新しくはじまったコンペで勝つための精神的な鍛錬、ボルダリングで超高難度の課題を追求して新たな境地を拓くまでがうまくまとまって書かれてる。そして最後は40才近くになり家族を持った彼がプロのクライマーから足を洗いビジネスに励む所までが書かれている。

 本書の読みどころは特に中盤の部分、クライミングをビジネスにして行く過程でのプロとしての心構えを語る部分。そして最後の部分、家庭人となったジェリーがそれでも冬の海にサーフィンに出かけて挑戦心を忘れない所。

 もう一つとても興味深いのが一章にある彼の生い立ち。ジェリーは学校ではダントツの劣等生だったらしい。落第を繰り返す彼を心配した両親が医師に意見を求めた結果がディスレクシアという診断。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A2

(引用)知的能力及び一般的な学習能力の脳内プロセスに特に異常がないにもかかわらず、書かれた文字を読むことができない、読めてもその意味が分からない(文字と 意味両方ともそれぞれ単独には理解できていることに注意)などの症状が現れる。逆に意図した言葉を正確に文字に表すことができなくなる「書字表出障害(ディスグラフィア、Dysgraphia)」を 伴うこともある。(引用おわり)

 どうやらことばを文字と結びつける能力に欠陥があるということらしい。確かに文字と文章から概念を頭に定着させる事が著しく苦手だったという事だ(本書も共著者がいる)。それではテストでいい点をとれるはずはない。そのうち彼は読字障害を受け入れる学校に転校し、ようやく居場所を見つけたそうだ。そこでスポートを覚え、始めはラグビーで頭角をあらわし、その後クライミングにであう。

 クライミングは視覚で岩の状況を判断し、最適な動作を計算して肉体で実現するゲームだ。Jerryのクライミング能力からしてクライミング時の判断、戦略、記憶はきわめて優れている.彼はこれを文字ではなく観察から読み取って文字ではなく肉体に記憶を刻み込む事に極端に秀でていた。読字障害により得る事ができなかった読み書きの能力を代替するボディーランゲージが宿っていたのだろう。

(引用)読字障害への対応として普段は文書を一度コンピューターに打ち込み、読み上げソフトを使用し文書を聞き取るかたちで読んでいる。
一方でディスレクシア障害者は一般人に比べて映像・立体の認識能力に優れていると言われ、工学や芸術の分野で優れた才能を発揮している者も多い。こ れは左脳の機能障害を補う形で右脳が活性化しているためと考えられており、最近は若年者の治療において障害の克服と共にこうした能力を伸長させる試みも行 われている。 (引用おわり)

↑ この記載に納得.ジェリーは視覚情報(岩の観察)を文字をすっ飛ばして肉体の動きに変換する能力が高いのだろう.

 文章はクライミングの歴史と実際を知る人でないと読みにくいと思う。しかしクライマーには読む価値大。

 天才は犠牲をいとわない事で得られるのだなぁ。

 モファットはジョン・ギルを描いた「マスター・オブ・ロック」を愛読していた.

The Banff Mountain Book Festival で大賞.

 

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https://www.amazon.co.jp/dp/B00796E3K6/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

インファナルアフェア 無限道

久々に再見。無駄な演出はゼロで1時間40分を一切ダレさせない。ストーリー、演出、演技、いずれも最高レベルの作品。特に複雑なプロットで緊張感を高める。無間地獄の苦しさが伝わってくる。

movies.yahoo.co.jp

Man Who Knew Infinity

インドの貧民窟で生まれた数学者がケンブリッジに招かれて偉大な業績を挙げるも結核に倒れ32才で没す。直感で公式が「見える」彼には途中の段階は関心がない。証明を完成させないと学会には認められないと説くハーディ教授。結論が魅力的でも証明の実験がないと認められないようで身につまされる。第一次大戦時で植民地インドの人に対する差別も露骨で大英帝国の盟主の学問の総本山に乗り込んだラマヌジャンの苦労は想像を絶したことだろう。

 

映画では英国におけるラマヌジャンとハーディとの交流が中心だ。しかし彼の数学的才能がどのように生まれ、誰が見いだしたのか?数式が降臨するとはどのような体験なのかを伝えてほしいところだ。

直感か証明かの議論で昨日観た「日本沈没」の 田所雄介博士(小林桂樹)を思い出した。この先生は日本沈没の傾向をいち早く発見し、警鐘を鳴らしたという設定だが。「研究は直感だよ!」と繰り返すところが共感出来た。データドリブン、AIで予測なんてクソ食らえだ。

kiseki-sushiki.jp

コリーニ事件

ドイツの原罪を突いた作品。原作は簡潔な文章で構築されるが映画では多少情緒的な部分が多い気がする。ナチスの戦犯がテーマだが原作者自身が戦犯の家に生まれた事実を知れば更に味わい深い。

collini-movie.com

Green Book

1960年代、高い教養とクラシックピアノの超絶技巧を持つもののリトル・リチャードもアレサ・フランクリンの名前も知らない風変わりな黒人ピアニスト ドナルド。黒人であって黒人でない、しかし黒人である事の不利益を味わい続けた複雑な人格の持ち主が、自分の実在を確かめるために厳しい人種差別が残る南部アメリカに、ドライバー兼用心棒にイタリア系アメリカ人トニーを雇い演奏旅行に向かう。アメリカ映画独特のロードムービーを舞台にして南下するにしたがい変化していく差別の空気、知性溢れるドナルドが次第に粗野なトニーの心を掴んでいくところ、頻繁に出てくる気の利いたセリフ、がとても上手く映画で表現されている。音楽シーンは素晴らしい。クラシックもジャズもその融合も上手く表現している。音楽シーンだけでも見る価値がある。☆☆☆☆☆

 

gaga.ne.jp