小さな小さなクローディン発見物語

若い研究者へ遺すメッセージ 小さな小さなクローディン発見物語

若い研究者へ遺すメッセージ 小さな小さなクローディン発見物語

 この本、息子が昨年のクリスマスにサンタさんからいただいたもの.遅ればせながら私も借りて読ませてもらった.素晴らしい内容の一冊.

 本書は細胞生物学の一分野を築いた研究者の回顧録.「つきたさん」と呼ばれることを好んだご本人の性格からか飄々としたユーモアを交えて話が進む.臨床研、生理研、京大と研究室を移しながら成功と失敗を重ねてタイトジャンクションの分子組成を明らかにする過程が綴られる回顧録だ.

 「研究者の視力」という言葉に込めて発見をつかみ取るアンテナの張りかたを教授している.共同研究者のF博士が行ったオクルディンとクローディンを同定につながる実験上の工夫と戦略の解説は秀逸.また研究の初期に手持ちの技術でやっておけることと、今後技術が進んだら手を付けることを明確に区別して技術的に無理なく大事な問題にフォーカスさせたことは達観だった.技術の取得はほどほどにして身に付いた技術をとことん生かしたのが月田さんのやり方だった.

 「研究者の視力」とは、視界の広さであったり、上空から一点の獲物を見いだす鷹のような視力であったり、雲の形から天候を読み取る解析力だったりと人によって様々な見方があるはずだ.月田さんがキャリアの始めに電子顕微鏡で組織を見ることに力を注いだことが彼の視力を養ったと考えられる.月田さんの場合は「形を見ること」が視力の基盤だったのだろう.分子を同定してもそれだけでは不十分.どのような生物学的形態に寄与するかの証明が必要で、クローディン分子で繊維芽細胞に電子顕微鏡で見えるタイトジャンクションストランドを作らせた実験は彼の頂点に位置する成果だったのだと思う.

 最後に本書は膵臓がんを患った著者によって2週間で書き上げられたものであることが明かされる.無念の想いが痛切に伝わる1ページである.ご本人は本書の完成を見る前に亡くなられ、奥様と共同研究者によって出版された.こういう文章を読むと生きている時間を無駄にせず、自分独自の視力を磨かなくてはと感じさせられる.

 月田承一郎博士と私は個人的な接点はあまりなく、話させていただいたことも一回ぐらいだたったと記憶する.しかし間接的に月田門下の方々と関わることができてそのサイエンスと教育、人格の素晴らしさは十分に理解できる.

JCBに出版された追悼文(感動的!!)
   Shoichiro Tsukita: a life exploring the molecular architecture of the tight junction | JCB

米国細胞生物学会HPにアップされた本書の英語版
   Special Publication: Shoichiro Tsukita’s book on Discovery of the Claudins, in English