The Creativity Code: How AI is learning to write, paint and think

深層学習で鍛えられたAlpha GOが人類最強の棋士を破ったニュースは記憶に新しい。AIはこれまでの棋譜にない新手を連発して人間を破った。これが新時代の創造性というものだ。AIの持つ創造性のポテンシャルとその限界は何かを問うのがこの本の課題だ。著者はまず認知科学者Margaret Bodenの整理した創造性の3タイプを振り返る。explorative creativity(探索的・拡張的創造)は既存の知見を元に知識空間を探索し、拡張することで創造すると定義づけられ、コンピューターが持つ強大な検索能力が最も得意とする分野である。何でもググって調べる習慣のついた現代人はすでにこのタイプの創造活動の一部を検索エンジンにアウトソースしているのである。combinational creativity(結合的創造)は異なるタイプの素材、アイデアを組み合わせることで新たな機能やアイデアを作り出すことだ。素材となる要素自体がたくさんあると、その組み合わせは天文学的数字になる。すべての組み合わせをいちいち試すには時間が足りないが才能ある料理人は様々な国の素材、スパイスの意外な組み合わせを見いだす五感を持って独創的な料理を創造する。研究者も異なる分野のアイデアをつなぎ合わせることで新規の考え方を生み出い、新時代を作り出すことは多くある。1950年代に素粒子物理学者と微生物学者が遭遇して分子生物学が生まれ、ゲノムの遺伝暗号が解読されたのはその好例だ。生命科学のこの流れは情報科学者、化学者、分類学者、エンジニアを巻き込んで拡張を続けている。これらの過程では新分野を創造する組み合わせを発見するのに人の直感とセンスが生かされてきた。私自身も異なるアイデアをつなぐことで科学者として生きて来たと思っている。しかし組み合わせ問題の解決はコンピューターが得意とすることであり、人間には解きようもない巨大な数値の組み合わせで構築された暗号を易々と機械は打ち破ってきた歴史がある。サイエンスのミステリーの数々も暗号と考えればAIの出番は多いだろう。最後のtransformative creativityは革新的創造性というべきもので前例のないところから新しい物を生み出すことだ。最近話題となった京都大学望月新一教授のABC予想の解決という理論は、既存のセオリーを越えて、世界有数の数学者が理解に苦しむ程の別次元の理論だということだ。ではAIが相転換ともいうべき新しい知を創造しうるのだろうか?これが本書の課題だ。

 本書では著者がアルゴリズムと呼ぶ「学習するプログラム」 によって音楽、絵画、などの芸術分野で素晴らしい成果が挙げられていることが紹介される。音楽、絵画では人の作品と区別が出来ないほど巧妙な作品が生み出されている。explorativeでcombinationalな創造性は過去に人に受け入れられた作品を教師データとしてますます精度をあげ、巧妙な模倣を作り上げる。AIは膨大な数の作品を量産することが可能だ。しかし数が増えれば作品の価値は下がりマーケットを破壊する効果しかない。AIを教育し、パフォーマンスをコントロールして、人が認める作品を選ぶ目利きは人間が担っている。AIを作品作りに役立てている作家もいるようだがその作品のクレジットはAIを作りだし、訓練し、作品を選別して送り出す人間に与えられるのだろう。この場合の作家は単なる絵描き、作曲家ではなく総合プロデューサーとしての能力が求められる。

 文学もAIによる学習が有効な分野だ。私は最近話題の翻訳AIであるDeepLを愛用しているがかなり複雑な日本語、もしくは英語をその意味を残して見事に変換してくれる。業務用文書では日英両方用意する事が多いが片方を書けば後はDeepLに任せて軽く手直しすれば十分だ。さらに驚いたのは推敲している英文をDeepLに翻訳させると、英文のこなれ具合に応じて翻訳の精度が上がるのだ。DeepL先生が読みこなせる英語は良い英語、といって良いだろう。本書の終盤にさしかかったところで著者が「本書のあるパラグラフはAIが執筆した」と種明かしする。当然のことながら私には全くわからない。

 最も創造的な思考が求められる数学分野でもAIの導入が始まっている。高等数学の理論を機械語に書き直そうというプロジェクトでは既存の理論を書き直したライブラリーを充実させている。その先には既存の理論を機械に読み込ませて新たな理論を創造させると言う目論見がある。人類の知性を越えた理論が完成したとき、新理論を理解できる人間がいないことが大きな問題になるだろう。何のための科学なんだ?!

 このようにAIの持つ大きなポテンシャルを紹介しつつも最後の章で筆者はいまのAIにはまだ限界があると言うことを論じて本書を終えている。本書の特徴として言葉に無駄がなく論理構成が緻密である事がある。これは筆者のMarcus du Sautoyが数学者で科学文書の書き方を心がけていることにあるだろう。非科学者によって書かれた科学書にありがちな無駄な装飾的文章がないとことがとても気持ちよい。

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