間違っていた結果はどう公表するか?

The Big brain aquaporin is required for endosome maturation and Notch receptor trafficking
Ritu Kanwar and Mark E. Fortini

Cell. 2008 May 30; 133(5): 852.
doi: 10.1016/j.cell.2008.04.038

昨年発表されたこの論文はエンドソームに存在する水チャンネル分子Big Brain(Bib)が様々な膜レセプター分子のソーティングに関わり、特にNotchシグナルの活性抑制に大事であるという報告で話題をまいた.主要なデータとなるのはbib変異体のホモ接合体細胞を成虫原基で作成し、レセプター分子の分布、Notchシグナル活性の検証、エンドソームの形態、などを詳細な電子顕微鏡解析を交えた解析で調べたものだった. しかし最近DevCellに掲載されたreview*1の中の彼ら自身のコメントによるとなんとこの変異体の表現型はbibにリンクした無関係の変異の影響だったということだ.彼らの言によると「最近bib変異体の染色体には別の変異が存在し、この変異の影響でNotch分子の過剰な集積が引き起こされていることが判明した」.bibのendosomeとNotchシグナル伝達に及ぼす働きについてはちゃんとした変異体にもとづく報告を待たなくてはならない.

 変異体を使った実験では使用する染色体に第二、第三の変異が存在している可能性を常に考慮しなくてはいけない.この問題をチェックする標準的なテストは存在するのだが、完全に染色体をクリーンアップできたかどうかを確認することは容易ではない.おそらくnaiveなミステークで他の研究でも頻繁におこる遺伝学では避けがたい問題だ*2.だからこそ変異体のチェックは慎重を期さなくてはならない.著者自身が追試に取り組んではいるようだがどこまでが事実でどこまでが間違いかを明らかにするためにはかなり長い時間を要するだろう. 

 インパクトのある論文だったからおそらく相当数の研究者が追試や新しい実験に取り組んでいたはずだ.今回は著者自身が自分の書いたレビューの中で間違いがあったことを述べているのだが、これだけでは論文のミステークを公表する場としては適切ではなく、周知は不足だ.retractionをも考慮しなくてはいけない事態だがとりあえず問題が生じたら直ちに警告を発する仕組みをジャーナル自身が持たなくてはいけないと思う.

*1:レビュー自身はとても退屈なものだが唯一このbibの問題の告白がショッキング.

*2:私自身も経験している