- 作者: 平野啓一郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/06/26
- メディア: 単行本
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私が特に感心したのは作者の女性(得に母親)に対する描写のリアルさだ。自分の子供への愛が絶対的な基準でそれがゆえのエゴのためにさまざまな状況で他者に対してぶれる心理を克明に描いている.この作家自身の経験が豊富なのか、想像力が豊かなのか、ともかく男性から見てこんなことあるよなーと背筋が凍るシーンが連発する.女性の描写が見事な一方で主人公の男性である沢野崇の心理描写はいまいち不十分.作者があえて示さないのかな、と思いつつ物語が終わってしまうことが解せない.不満が残るエンディングだったがこれは読者に種明かしのないミステリーを残そうという作者の企みかもしれない.
下巻のクライマックスでは読み進めるのに当惑するような刺激的なシーンが連続する.このところ秋葉原に連なる狂ったような事件の連鎖に辟易しつつも、罪を犯した者の心の闇に引きつけられる読者は、内なる暴力性をフィクションの中で解放されることだろう.
印象に残ったのは弟を失った主人公が死刑反対の意見を示すときに、「遺族は憎い犯人に最高の刑を与えたいと願う.それが死刑であれば犯人を殺すことを願う.しかしそれが無期刑ならばそれで遺族は納得するのではないか」と言ったところ.「犯した罪に相当する罰を持って犯人を処することは致し方ない」と思っていた私にはこんな考え方もあるのかと妙に考えさせられる意見だった.
名作と呼ぶことはできないのだが心をとらえて離さない吸引力を持った作品。黒く塗られた装丁は読み進めるためにはめくるページを引き離さなくてはならない.重い題材の書物を解読する行為を実感させる演出がなされている.