新リア王

新リア王 上

新リア王 上

 ネタバレ注意!
 休み中に読んだ。高村薫は好きな作家だ。彼女の長編はたいてい読んでいるがこの作品も含めて過去二作はこれまでとは趣向が異なっている。過去の合田雄一郎が出てくるシリーズで精神病、学生運動マークスの山)、男女関係(照柿)、犯罪(レディ・ジョ−カー)などが扱われ、合田やその他のキャラクターの魅力に引っ張られて読む者を引きずり込んでくれる。しかし今回は上下巻合わせて900ページ余り。大作です。そしてほとんどが政治家福澤栄とその息子で僧侶の福澤彰之との会話と独白で構成されている。通常の第三者が語る形式と違って構成を把握しにくく、政治、選挙、仏教、親子関係など重い題材に満たされていることもあって読み通すのには読者の相当な集中力を要求する。これまでの高村作品とは全く異なる*1。しかしその努力に値するものを残してくれる作品だ。

政治

 国家から地元へ流れる利権を操ることで地方政治を牛耳る保守政治家の父と、その後継者として育ちながらも地方の自治復権を目指す子の葛藤は現在の「小さい政府」への時代の流れを先取りして描かれている。舞台は1980年代中盤で、そのころから「行政改革」は叫ばれていた。この作品が出版された2005年は郵政改革を巡って大きな転換があった。本書のテーマは現代そのものだ。

親子

 父と子の葛藤。地方で王として振る舞ってきた父が齢を重ねて気がつくと政党の仲間からも、親族にも、支持者にも、そして息子からも見捨てられ裏切られる。本書では裏切られる父の側からの視点でその苦悶が語られる。しかし彼の長男(50才)の年齢に近い私から見ると老いた王の引き際のまずさを間のあたりにする次世代の当惑の方にも思いを馳せるのだ。しかし女性にして父と息子の関係を描ききる高村薫は見事だ。

仏教

 曹洞宗の僧として総本山、永平寺で禅僧としての修行をに励む息子彰之。厳しい座禅修行とそのつらさに耐えきれず脱落する彰之の描写が印象的だ。奇しくも私の家も臨済宗永平寺というと特別な響きがある。禅の境地とはどのようなものか、覗き見てみたい気もする。

そもそも

 この小説は日経の連載として始まった。しかし途中で打ち切られてしまった。挿絵の盗作問題などが話題になったが高村薫氏と日経側で行き違いがあったような釈然としない説明だった。しかしきわどい話題のシーンで政治家の実名が連発する所など新聞社が怖がる要素満点だ。またこの小説の語り口では新聞小説のペースには合わないだろう。実際私も連載中はすぐにあきらめてほとんど読むことはなかった。連載中断の後を継いだのが軟派路線で話題をまいたこの作品だったのは象徴的だ*2

ともかく

 高村薫氏の作品としてはこれまでとは違った方向性だ。映画化は無理だろう。いくつか書評を読むと合田雄一郎がちょっとだけ出てくるとされている。あわてて見直すと確かに一カ所だけストーリーの流れとは無関係なところで合田の名前が出てくる。これが次回作の伏線なのか、次回のテーマは何なのかをゆっくりと待ちたいと思う。また私としてはいつか彼女がミステリーに戻ってくれることを願っている。

*1:私は「晴子情歌」は読んでいない

*2:まだ連載終了前なのに映画化が決まって主演男優まで内定しているのにはあきれた