アルツハイマー病克服への長い道のり

 
日本発第一級のノンフィクションの誕生。超高齢化社会において認知症は当たり前の病気、というよりは症状である。どのようにしたらぼけずに健康な人生を全うできるかは高齢者だけでなくこれから年を重なる若い人にとっても大きな関心事だ。認知症の6割を占めるアルツハイマー認知症は遺伝的な要因が強いため原因究明と治療法の探索が進んでいる。とは言っても病の進行は緩やかで長期間のケアを要し、生検ができない脳の病気なので診断は記憶のテストや行動記録と脳血流の検査など間接的な方法に依存する。過去30年間、学会に行くと必ず目にするアルツハイマー病の研究課題だがいつまで経っても答えが見えてこない。アミロイド沈着という明確な病理指標があるもののそれが原因なのか、結果なのか、アミロイドを抑制すれば病気は治るのか、それとも標的は他にあるのか?アミロイドを主犯とする説と単なる遺留品とする説が入り乱れて原因究明も創薬の方針も揺れてきたようだ。
 本書はアルツハイマー病の研究と治療薬開発に関わる研究者と患者による現在進行形のエピソードを綴った記録だ。短くまとめられた章は関係者からのインタビューと原著論文、治験の記録など極力一次情報に当たって書かれており、これらのトピックが積み重ねられる事で大きな物語になるように構成されている。取材の対象は、家族性アルツハイマー病の一族、医師・研究者、そして製薬会社と創薬ベンチャーだ。特に創薬の項は巨額の開発費をかけた新薬が治験で次々と脱落する厳しい道のりを描いて興味深い。治験において暗号化された薬剤と偽薬群と治療結果のデータはコードブレイクするまで関係者が見ることはできないという厳しい規定で厳密性が守られている。社運を背負った関係者にとっては生きた心地がしないだろう。アルツハイマーの進行を遅延させる薬として大ヒットしたアリセプトを開発したエーザイは次世代の抗体薬アデュカヌマブの開発を米国バイオジェン社とすすめているがその成否はまだわからないままに本書は終わる。
 著者の下山進さんは文藝春秋社でノンフィクションの出版に関わった後で作家活動に入ったらしい。米国留学経験が本書の海外取材にも生かされている。
 
青木 薫 さんの投稿に触発されて一気読み。
 

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