Man Who Knew Infinity

インドの貧民窟で生まれた数学者がケンブリッジに招かれて偉大な業績を挙げるも結核に倒れ32才で没す。直感で公式が「見える」彼には途中の段階は関心がない。証明を完成させないと学会には認められないと説くハーディ教授。結論が魅力的でも証明の実験がないと認められないようで身につまされる。第一次大戦時で植民地インドの人に対する差別も露骨で大英帝国の盟主の学問の総本山に乗り込んだラマヌジャンの苦労は想像を絶したことだろう。

 

映画では英国におけるラマヌジャンとハーディとの交流が中心だ。しかし彼の数学的才能がどのように生まれ、誰が見いだしたのか?数式が降臨するとはどのような体験なのかを伝えてほしいところだ。

直感か証明かの議論で昨日観た「日本沈没」の 田所雄介博士(小林桂樹)を思い出した。この先生は日本沈没の傾向をいち早く発見し、警鐘を鳴らしたという設定だが。「研究は直感だよ!」と繰り返すところが共感出来た。データドリブン、AIで予測なんてクソ食らえだ。

kiseki-sushiki.jp

Green Book

1960年代、高い教養とクラシックピアノの超絶技巧を持つもののリトル・リチャードもアレサ・フランクリンの名前も知らない風変わりな黒人ピアニスト ドナルド。黒人であって黒人でない、しかし黒人である事の不利益を味わい続けた複雑な人格の持ち主が、自分の実在を確かめるために厳しい人種差別が残る南部アメリカに、ドライバー兼用心棒にイタリア系アメリカ人トニーを雇い演奏旅行に向かう。アメリカ映画独特のロードムービーを舞台にして南下するにしたがい変化していく差別の空気、知性溢れるドナルドが次第に粗野なトニーの心を掴んでいくところ、頻繁に出てくる気の利いたセリフ、がとても上手く映画で表現されている。音楽シーンは素晴らしい。クラシックもジャズもその融合も上手く表現している。音楽シーンだけでも見る価値がある。☆☆☆☆☆

 

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谷口ジローによる「神々の山嶺」

森田勝 (1937-1980)という登山家がいた。谷川岳で当時の最先端の登攀をこなし、ヨーロッパアルプスでも成果を出した人だ。しかし彼の名前はK2登山隊で第一次アタック隊に選ばれなかった事を良しとせず下山した逸話や、グランドジョラス単独登攀での事故と生還、再挑戦での転落死で知られ、向こう見ずな遭難が相次ぐ昭和の山事情を体現する人だった。彼の生涯は佐瀬稔著の伝記「狼は帰らず」でよく知られる。作家夢枕獏が「神々の山嶺」を出版したのが1997年。ベストセラーになった作品を読んだ感想は、これって「狼・・・」のパクりじゃねーの、と思うくらいふんだんに森田勝の逸話が使われてあきれたものだった。しかし後半にかけてエベレスト南西壁を冬季に単独で挑戦と言った栗城史多氏の斜め前を行く挑戦度てんこ盛りの設定でのオリジナルなストーリーに展開し、当時から漫画的な面白さを持つ作品だった。

 で、このコミック版である。夢枕獏氏の依頼を受けた作家 谷口ジロー氏が執筆し2003年に完成させた。谷口氏の重厚で繊細な画風は私の昔からの好みで、日本よりも海外でより高く評価されており、フランスの芸術文化勲章シュバリエ(三等)を受けている。存命だったらさらに高い栄誉を受けていたであろうと思うと残念である。パリのギャラリーを徘徊すると彼の作品の豪華本が売られていたり、谷口ジロー風と言うべき別人の作品が飾られていたりして彼の影響力は相当なものだと感じた。谷口ジローが描く男達は中高年の髭面で疲れていても硬い意思を持っている。

 谷口は登山者をテーマにした作品をそれまでも出版しており、本書に描かれる山の姿、登山者のフォーム、はリアルだ。様々な資料をあたって正確を記したのだろう。本書のテーマの一つにジョージマロリーの遺品と彼は登頂したのかという謎がある。二人の主人公、羽生丈治と深町誠はそれぞれマロリーの遺体と対面するがその姿は1999年に発見された遺体の写真にもとづいて正確に書かれている。本書のクライマックスは羽生と深町はそれぞれエベレストを南面からと北面から登頂するところだ。ほとんどセリフはなくひたすら歩き続ける登山者のシーンが続くが登頂は山頂から見下ろす反対面の風景で表現される。その光景はリアルであり、格好いいのである。森田勝に発した物語は佐瀬稔、夢枕獏の手を経て谷口ジローによって完成した。

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The Creativity Code: How AI is learning to write, paint and think

深層学習で鍛えられたAlpha GOが人類最強の棋士を破ったニュースは記憶に新しい。AIはこれまでの棋譜にない新手を連発して人間を破った。これが新時代の創造性というものだ。AIの持つ創造性のポテンシャルとその限界は何かを問うのがこの本の課題だ。著者はまず認知科学者Margaret Bodenの整理した創造性の3タイプを振り返る。explorative creativity(探索的・拡張的創造)は既存の知見を元に知識空間を探索し、拡張することで創造すると定義づけられ、コンピューターが持つ強大な検索能力が最も得意とする分野である。何でもググって調べる習慣のついた現代人はすでにこのタイプの創造活動の一部を検索エンジンにアウトソースしているのである。combinational creativity(結合的創造)は異なるタイプの素材、アイデアを組み合わせることで新たな機能やアイデアを作り出すことだ。素材となる要素自体がたくさんあると、その組み合わせは天文学的数字になる。すべての組み合わせをいちいち試すには時間が足りないが才能ある料理人は様々な国の素材、スパイスの意外な組み合わせを見いだす五感を持って独創的な料理を創造する。研究者も異なる分野のアイデアをつなぎ合わせることで新規の考え方を生み出い、新時代を作り出すことは多くある。1950年代に素粒子物理学者と微生物学者が遭遇して分子生物学が生まれ、ゲノムの遺伝暗号が解読されたのはその好例だ。生命科学のこの流れは情報科学者、化学者、分類学者、エンジニアを巻き込んで拡張を続けている。これらの過程では新分野を創造する組み合わせを発見するのに人の直感とセンスが生かされてきた。私自身も異なるアイデアをつなぐことで科学者として生きて来たと思っている。しかし組み合わせ問題の解決はコンピューターが得意とすることであり、人間には解きようもない巨大な数値の組み合わせで構築された暗号を易々と機械は打ち破ってきた歴史がある。サイエンスのミステリーの数々も暗号と考えればAIの出番は多いだろう。最後のtransformative creativityは革新的創造性というべきもので前例のないところから新しい物を生み出すことだ。最近話題となった京都大学望月新一教授のABC予想の解決という理論は、既存のセオリーを越えて、世界有数の数学者が理解に苦しむ程の別次元の理論だということだ。ではAIが相転換ともいうべき新しい知を創造しうるのだろうか?これが本書の課題だ。

 本書では著者がアルゴリズムと呼ぶ「学習するプログラム」 によって音楽、絵画、などの芸術分野で素晴らしい成果が挙げられていることが紹介される。音楽、絵画では人の作品と区別が出来ないほど巧妙な作品が生み出されている。explorativeでcombinationalな創造性は過去に人に受け入れられた作品を教師データとしてますます精度をあげ、巧妙な模倣を作り上げる。AIは膨大な数の作品を量産することが可能だ。しかし数が増えれば作品の価値は下がりマーケットを破壊する効果しかない。AIを教育し、パフォーマンスをコントロールして、人が認める作品を選ぶ目利きは人間が担っている。AIを作品作りに役立てている作家もいるようだがその作品のクレジットはAIを作りだし、訓練し、作品を選別して送り出す人間に与えられるのだろう。この場合の作家は単なる絵描き、作曲家ではなく総合プロデューサーとしての能力が求められる。

 文学もAIによる学習が有効な分野だ。私は最近話題の翻訳AIであるDeepLを愛用しているがかなり複雑な日本語、もしくは英語をその意味を残して見事に変換してくれる。業務用文書では日英両方用意する事が多いが片方を書けば後はDeepLに任せて軽く手直しすれば十分だ。さらに驚いたのは推敲している英文をDeepLに翻訳させると、英文のこなれ具合に応じて翻訳の精度が上がるのだ。DeepL先生が読みこなせる英語は良い英語、といって良いだろう。本書の終盤にさしかかったところで著者が「本書のあるパラグラフはAIが執筆した」と種明かしする。当然のことながら私には全くわからない。

 最も創造的な思考が求められる数学分野でもAIの導入が始まっている。高等数学の理論を機械語に書き直そうというプロジェクトでは既存の理論を書き直したライブラリーを充実させている。その先には既存の理論を機械に読み込ませて新たな理論を創造させると言う目論見がある。人類の知性を越えた理論が完成したとき、新理論を理解できる人間がいないことが大きな問題になるだろう。何のための科学なんだ?!

 このようにAIの持つ大きなポテンシャルを紹介しつつも最後の章で筆者はいまのAIにはまだ限界があると言うことを論じて本書を終えている。本書の特徴として言葉に無駄がなく論理構成が緻密である事がある。これは筆者のMarcus du Sautoyが数学者で科学文書の書き方を心がけていることにあるだろう。非科学者によって書かれた科学書にありがちな無駄な装飾的文章がないとことがとても気持ちよい。

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Paris-Reubex 2016

Jsportsの再放送。37才のオーストラリア人、アシスト一筋だったMatthew Haymanが人生最初で最後の大金星の勝利を挙げたレース。最初の逃げに乗り、追いつかれ、先頭9人に残るも最後の5つ星の石畳で離される。いったんは画面から完全に消えた後に渾身のおい上げで追いつき、競技場前での強豪選手同士の渾身のアタック合戦を生き残って最後のトラックで王者ボーネンに先行して勝利。映画『栄光のマイヨジョーヌ』で紹介されたHaymanはチーム若手の教育係として「ボス」と慕われる人格者。素晴らしいレースだった。