緋の河

 桜木紫乃はたいていの作品を読んでいる。作風は良く言って安定、悪くいってワンパターン。いつも北海道、不幸な女の要素に多少のバリエーションを加えている。背景を流れる空気感はいつも桜木ワールドで、この空気が作品に一貫性を持たせている。モネが睡蓮をモチーフに光を掴み取る試みを延々と繰り返したように、共通の作風の中で作品ごとの揺れを味わうのが読者の楽しみだった。

 今回の作品はこれまでとはちがう。同郷の実在の人物(カルーセル麻紀)を素材に、少年からの成長過程で女になろうとして苦悶する主人公を女の作家が書くという倒錯した設定である。この強烈な人物が作者を大いに刺激したのだろう、主人公の個性と意志がこれまでの桜木ワールドを超越して作者を新たな境地へ導いた。同性愛を社会が許容出来る時代になった今だから書けた先品でもあるだろう。本書はゲイで生きることを決心した主人公が家族の軛を乗り越えて行くところで終わっている。続編を書くつもりなのか、桜木紫乃のこれからの変容が楽しみだ。

緋の河

緋の河