Overcoming

 「Overcoming:ツール・ド・フランス激闘の真実」
 先日見たもう一本の映画。これは2004年ツールに参加したチームCSCを取材したドキュメンタリーだ。チームテレコムを取材した"Hell on wheels"とは大分おもむきが異なる。それは"Hell on wheels"がレースの時系列を追って選手の声を淡々と紹介するオーソドックスなでドキュメンタリーの作りだったのに対し、"Overcoming"は様々な映像を断片的に組み合わせてありチーム事情やレースの展開を知らないと話が理解しにくい所にある。

 この映画の魅力は監督であり会社の経営者であるのビャルネ・リースの存在だ。かつてツールドフランスを制した名選手であるリースは監督としても優れた手腕を発揮してTeam CSCを成功に導いてきた。映画はリースが選手にどのように接し、育成し、戦略を立ててチームをコントロールするやり方をしつこいまでに描いている。

 リースはチームのステージレースのエースとして迎えたイヴァン・バッソに対してリーダーとしての心得を説く。多国籍のチームの共通言語は英語だ。イヴァンにも英語で話す様にそしてしむける。そしてもう一人のカルロス・サストレとの関係を良好に保つためにイヴァンにはサストレを立てるように諭す。

 30人もの選手を抱えて全てを掌握するのは並大抵の努力ではない。リースは選手個人との話し合いをするだけではなく全体のmeetingを重視する。指示の理解を徹底するためだ。しかしこれは結構大変なものだ。大勢のメンバーをそろえて話をするとどうしても一方通行になりがちで相互のやりとりが希薄になる(自分もそう感じる)。リースはその努力を惜しまない。

 個人のメンタル面での危機に関してのやりとりもあった。サストレの兄弟同然だったホセ・マリア・ヒメネス選手が心の病の末に薬物中毒で死亡するという痛ましい事件に接してサストレをしっかりとフォローした。またツールのレース中にバッソの母が癌で重い病状だと言うことが知らされる。リースはチームミーティングを開きバッソの口から母の事情を話させ、レースを続行する事を宣言させる。

 タフなボスであるリースでも疲労の蓄積は隠せない。選手に暖かく接する前には自室で一人ストレスを吐き出してからでないと笑顔を作って選手に話すことができなくなる。極度の緊張なのだろう。それでもしんどいときはマッサージャーのOle Føliに身をゆだねる。このOleがとても良い。優しく語りかけながら相手の心までももみほぐすようだ。ハードで緊張感あふれるステージをこなした後の選手・監督の心理カウンセラーの役目までも果たしている。

 バッソは母の癌を知ったとき癌の生還者でもあるランス・アームストロングに電話をしてアドバイスを求める。ランスの助言がバッソの支えになった事は疑いない。ランスはまた翌日の山岳ステージに関してある提案をする。「最後の登りでついてこれたら一緒にゴールできる*1」これはランスが明日のステージで優勝をねらってアタックする事を意味する。しかし一方で冷静な戦略家であるランスが最後のアタックで残りのライバルを引き離すのにバッソCSCを利用する事も意味する。リースはこの話に乗った。サストレをアシストにつけて集団をかき回し最後はまんまとバッソとランスが頂上ゴールに達しランスはバッソの優勝を譲る。利害の一致による相乗効果だが策士ランスのしたたかさが際だつ話だった。

 チームマネージメントは楽しい話だけではない。ドーピング検査で陽性がでた選手がいた。リースはその選手を呼び出し出場停止を言い渡す。手塩にかけた選手をチームの利益のために切り捨てる冷徹さも必要とされる。そして今年のバッソはドーピング疑惑の中でレースに出ることが出来ない。映画の中では素晴らしい師弟関係だった二人の間には今どのような空気が流れているのだろうか。

 成功を目指して戦う集団を統率するために何が必要かのヒントを与えてくれる映画だ。主役は紛れもなくリース監督だ。

*1:こんな意味だったと思うが正確性は欠く